三雲中 武四郎しのび大台ケ原登山再会
40年続いたかつての伝統行事
“惜しむ声”で3年ぶりに


 松阪市中道町の三雲中学校(深田憲一校長、四百四十人)は、奈良県・大台ケ原を訪れる「大台ケ原登山」を来月十八、十九日、三年ぶりに実施。地元出身の偉人・松浦武四郎の追悼碑があり、その功績をしのぶ。地域に根付き、約四十年続く伝統ある学校行事だったが、一時は廃止に。保護者の惜しむ声≠ノ後押しされて再開する。(福家 明子)


 松浦武四郎は北海道の名付け親≠ニして知られる探検家。晩年は奈良県との県境にあり、当時はまだ未開拓の地だった大台ケ原(標高約一、六〇〇b)の調査に力を注いだ。六十八歳から三度の登山に挑み、その様子を三冊の著書にまとめている。


 七十一歳で亡くなったが「自分が死んだら書斎に使った木材で遺体を焼き、遺骨は大台ケ原に埋めてほしい」と遺言を残すほど思い入れが。しかし役所は許可せず、遺族は大台ケ原のナゴヤ谷に追悼碑を建てた。


 碑は大正時代に台風で倒壊し、昭和四十年八月に宇野誠一・三雲村長(当時)が「武四郎の功績を後世に」と住民らと再建。このとき、同校の前身である二つの中学校の生徒有志が同行したことが動機となった。


 学校統合や町制施行、参加学年が変わるなど変化しつつも、碑の清掃や山歩きを通して、郷土の偉人を知る体験は受け継がれ、地域や学校にとって欠かせない約四十年の行事となった。


 しかし平成十七年、市町村合併によって旧三雲町の補助金が打ち切りに。個人負担が大きくなるため、廃止を余儀なくされたという。
 別の宿泊学習が設けられたが、かつて登山を経験した保護者からは「あのとき、日出ケ岳から見た日の出を子どもに見せてやりたい」などと要望が。


 同校と同校PTAが、市の「特色ある学校づくり推進事業」の委託を受け、三年ぶりの実施に踏み切った。


 今回は市三雲地域振興局、市教委三雲教育事務所ほか関係各所で実行委員会を組織、希望する親子四十人が参加する。碑を訪れ、自然散策などのほか、大台ケ原の自然を守る大台教会の田垣内進一さんの話を聞く一泊二日の日程。


 同市小野江町、松浦武四郎記念館の学芸員、山本命さん(31)は「惜しむ声や復活したこと、うれしい。北海道だけじゃない武四郎の足跡を知ってもらう良い機会なので、意義がある」と話す。


 同校では、これを機に来年以降も続けるという。


H19.7.25 第297号

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