記憶の障害を健忘(物忘れ)と呼び、神経疾患の中では他の症状と合併してみられることもあれば、健忘のみが目立つ症例もある。痴呆には健忘は必発ではあるが、健忘のみでは痴呆と定義されない。記憶過程は記銘、把持、再生(想記)からなる。
臨床的に記憶は時間的側面から分類され、多くは@即時記憶(一分以内)、A近時記憶(数日以内)、B遠隔記憶(数日〜数年)の分類が用いられている。記憶内容からは意識に上らない技能習慣に関連した手続き記憶と意識に明瞭に反映する陳述記憶に分け、さらに陳述記憶は言語、計算など知的記憶と日々の生活上の出来事についての記憶(エピソード記憶、生活記憶)に分類されている。また言語性、視覚性、聴覚性記憶という分類もある。
正常加齢で認める健忘の特徴は想記障害である。ヒントを与えることによって容易に再生可能であるのが特徴である。このことは近時記憶も遠隔記憶についても同様である。日常的には人の名前、字がなかなか思い出せないという訴えであり、健忘についての洞察は保たれている。
アルツハイマー病では健忘は最も初期から出現し、前景に立つ症状である。初期には注意力や集中力に支えられる即時記憶は障害されることはない。もっぱら強く認められるのが近時記憶障害である。この記憶は新しい情報の獲得(学習能力)に相当し、一旦消えたものが再び再生される記憶である。この障害はヒントによって再認されることのないものである。遠隔記憶は初期は比軟的保たれるが、罹病期間が長くなると近い過去の記憶が遠い過去よりも強く障害されてくる。記憶内容については陳述記憶の障害が強く、手続き記憶は保たれることが多い。このことを個体発生的に遅れて発達してくる記憶システムから障害されると考えられている。患者の行動は何度も同じことを質問し、捜し物が多くなるのが特に目立つ症状である。
老年者に明らかな誘因もなく数時間から二四時間続く健忘は一過性全健忘と呼ばれる。決して稀ではない疾患である。患者はこの間のことをまったく覚えていないが、注意力は十分で、周囲の出来事にも反応する。近時記憶の障害が急激に起こったと解釈され、海馬の一過性病変が推定され、一過性脳循環不全と考える研究者が多い。再発例は10%前後にみられる。
前頭側頭葉型痴呆(frontotemporal dementia)は非アルツハイマー型変性性痴呆に分類されるもので、ピック病などを含む疾患概念である。この疾患でも健忘を認めるが、中核的なのは前頭葉の障害に起因する手続き記憶の障害である。
超高齢社会に突入しているわが国にはますます独居老人が増えることが予想される現況で、痴呆症の発症予防をターゲットにした地域ぐるみの取り組みが求められている。また、アルツハイマー病の研究は急速に発展し、本質的治療薬の開発も射程圏内に入りつつある中で(特に抗炎症薬と女性ホルモンが有望)、臨床家は患者家族に進行防止、発症予防を目指す意気込みを常に表明し続けることが必要であろう。
(福岡大内科・健康管理学 山田達夫教授)
「物忘れメンタルクリニック」が福岡に開設されたことはこの記事で初めて知りました。
筆者の意気込みはよく分かります。常に明るい未来の話しをしたいのはやまやまですが、根治薬がない現状を伝えていくことも大切であると思います。