実験モデルによる痴呆症発症メカニズムと治療薬の検討

 漢方薬の効果は!?


 中国5000年の歴史のなかでも、老年期痴呆の症状は古くから知られており、『金匱要略』などの古典には、「喜忘」「好忘」「老呆」などと記されている。

 藤原道弘さん(福岡大学薬学部応用薬理学教室教授)らは、ラットを使って脳血管性痴呆とアルツハイマー病の2種類の痴呆モデルを作り、痴呆発症のメカニズムと治療薬を探るための研究を進めてきた。そのなかで、脳血管性k痴呆モデルでは黄連解毒湯、アルツハイマー病モデルでは当帰芍薬散が症状を改善させる効果があるというデータを導き出している。

 

2つの痴呆症モデルの作成

 脳血管性痴呆症のモデルを作るためには、人工的にラットの両側総頸動脈を結紮して脳虚血の状況を作り出した。ラットが死んだり、身体機能障害まで引き起こさないよう、結紮は10分間に限定している。

 発症メカニズムのよくわからないアルツハイマー病モデルは、記憶にいちばん関係のあり、しかもアルツハイマ一では共通して障害されているアセチルコリン神経系やノルアドレナリン神経系を破壊することによって作り出すことにした。ラットに抗コリン剤のスコポラミンを投与している。もちろんこのモデルは、病態モデルではなく症状モデルであり、必ずしもアルツハイマーの本質を論じられない部分があると考えなければならない。

 

空間認知記憶による障害の測定

 2つの症状モデルラットを用いて、黄連解毒湯と当帰芍薬散が、空間認知記憶の障害を改善させる作用を調べることにした。空間認知記憶は、記憶の座といわれている海馬や前頭葉皮質を含めた脳の高次な機能を反映すると考えられる。

 空間認知機能を観察するために、8方向の放射状迷路というものを用いた。ラットは正8角形のプラットホームから8本放射状に伸び、先端に餌を置いた道を選択できる。

 ラットのようなげっ歯類は、一般に餌を捕獲する場合、一度捕獲した場所にはすぐには再び訪れることはない。最小限の行動で、最大の効果をあげるための習性である。

 こうした空間を認知するために、ラットは8方向に餌があるというルールを記憶して、その配置を頭に入れておくことが必要になる。さらに8個の餌をすべて取り終えるまでの作業記憶なども備えていなければならない。

 そのため、痴呆モデルラットは、餌がすでになくなっている道を、何度も選択するようになってしまう。こうした誤選択数をカウントすることによって、空間認知記憶の障害を測定できるというわけである。

 脳虚血ラットは脳虚血処理の24時間後には著明な空間認知記憶の低下が見られた。一方、アルツハイマーラットはスコポラミン0.5mg/kgi.p.投与の30分後にやはり著明な空間認知記憶の低下が見られた。

 

黄連解毒湯により脳血管性痴呆モデルの障害が改善

 脳虚血ラットでは、脳虚血処理を行う前にあらかじめ黄連解毒湯0.1mg/kgを経口投与しておくと、空間的認知記憶障害の発現が抑制されることがわかった。この改善作用は5mg/kgの用量まで認められた。当帰芍薬散でも前投与により同等の影響が見られる。これに対し、脳虚血処理を行った24時間後に黄連解毒湯を5mg/kgの用量で投与した場合も、空間認知記憶の改善がみられ、10mg/kgに増量するとさらに顕著な改善が見られた。

 そして、このラットモデルでは、当帰芍薬散を用いても、200mg/kgの用量でもほとんど改善作用が見られず、500mg/kgに増量することによって有意な改善効果が見られた。

 すなわち、脳虚血ラットの黄連解毒湯による改善効果は当帰芍薬散の効果の20倍強力であった。しかも正常レベルまで復した改善率は62.5%と高い。当帰芍薬散は500mg/kgの用量では改善率はせいぜい30%にすぎなかった。

 

アルツハイマー・モデルに効果的な当帰芍薬散

 一方、アルツハイマーラットは、5mg/kgの用量で投与した場合も、空間認知記憶の改善が見られ、10mg/kgに増量するとさらに顕著な改善が見られた。ところが、この改善作用は50mg/kgに増量すると消失している。

 これに対して、このモデルでは当帰芍薬散を用いた場合の記憶改善作用は著明であることがわかった。黄連解毒湯による改善率は30.8%であったのに対し、当帰芍薬散は50%であった。

 

臨床でも当帰芍薬散による痴呆の改善を確認

 黄連解毒湯は脳虚血による空間認知障害を顕著に改善することがわかった。なかでも、急性期の細胞障害よりも、アポトーシスによる遅発性神経細胞壊死や神経伝達系機能低下に対してより有効であることがわかった。

 黄連解毒湯の臨床研究でも、脳血管障害に基づく自発性低下、見当識障害、記憶力障害のほかに不安、焦燥感、不眠などの精神障害をも顕著に改善するとの報告がある。

 一方、当帰芍薬散は微小循環や月経不順の改善、卵巣機能不全など、いわゆる女性の虚証の症状に使われてきた漠方薬である。じつはアルツハイマーも虚証タイプの人に起こることが知られており、共通しているところがある。

 当帰芍薬散はもともと婦人科領域の薬とされて、なかなか男性には処方されなかった。最近では、違った解釈から男性にも処方される例が出てきた。

 浴風会病院でアルツハイマー病の診断を受けた男性患者の家族が、藤原さんの研究を知り、患者に当帰芍薬散をのませたという。「過去5年間家族とまともなコミュニケーションがとれなかった患者が、話ができるようになった」と、家族から感謝の手紙が藤原さんに届いた。患者が魚網を編む元気な姿を撮った写真も同封されていた。

(まとめ  林義人/医療ジャーナリスト) 

(参考文献:平成10年8月号 メディカル朝日)

 

私の感想

 文末のような劇的な効果が多数例あれば、私も当帰芍薬散をまた使おうかと思いますが、実は私もかなり多数「当帰芍薬散」をアルツハイマー病患者さんに投薬してみたのですが、ほとんど効果が確認されなかったため現在では使用しておりません。 

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