最期の治療 事前に指示書
 
広がるリビングウイル
 


 もし回復の見込みがなくなったら患者や家族がどんな治療を望むのか。選択の意思をリビングウイル(事前指示書)などと呼ぶ書面に残す取り組みが広がりつつある。利用者は「最期について大切な人と一緒に考えるきっかけになる」と言う。 (辻外記子)

 「自然に任せたい」

 札幌市の山あいにある「定山渓病院」に神経難病を患い入院している男性(85)はこう話す。昨年10月、病院が独自につくった書類を提出した。胃ろうなど管による栄養摂取や点滴、人工呼吸器、心臓マッサージなどすべて「希望しない」に丸をつけた。「苦痛を和らげる薬は希望します」とも書いた。
 男性は2004年に発症。意識がない間に医師と息子が判断し人工呼吸器を着けて回復した。命拾いできたと感じている。「でもこれ以上はいい」。25年前に食道がんの妻をみとった経験からも人は最期に意思表示ができないと実感する。苦しみを長引かせたり家族に負担をかけたりしたくない。
 高齢の長期入院患者が多く、年間約70人をみとるこの病院が確認書を最初に作ったのは04年秋。入院患者の家族から投げられた問いがきっかけだった。「延命を望まない場合、文書に残す方法はないでしょうか」。病気が進行して、改善の見込みがない場合に胃ろうや人工呼吸器などをつけるか。希望しない項目に丸を付けてもらい書面に残し始めた。
 09年にできた改良版(A3サイズ)は「希望する」「しない」の他に「病院に一任」を設けた。「選べない」「適切だと医師が思うならやってぼしい」などの意見が多かったためだ。記入は自由でいつでも変更できる、などと書いた説明文もつけた。
 改良版の提出は、1年半で54人=表。

 中川翼院長によると、以前の書面の時より5割ほど提出は増えた。中川院長は「患者側と病院側が十分に話し合うための手段。医師らが選択肢を示しへ納得できる死への考えを深めていってもらえれば」と話す。
 聖路加国際病院、(東京都)は08年から、症状が重い入院患者を対象に、回復困難になったら人工呼吸器の装着や輸血、集中治療室への入室などを希望するかを聞き、電子カルテに記入、その内容を院内で共有している。蝶名林直彦呼吸器内科部長は「聞く時期の目安は、回復不能になる数カ月前から2週間ほどだが、患者や家族が不安になるため先送りするなどの理由で聞けないことがある。数日たつと希望が変わることもあるので、いつ聞くのがベストかの判断は難しい」と話す。
 日ごろから考えてもらう取り組みもある。
 長野県飯田市ぼ会社員(59)は、かかりつけの羽生循環器科・内科医院(飯田市)でもらった事前指示書に妻(59)とともに記入し、押し入れにしまっている。医院の待合室でポスター「自分の最期は自分で決める 事前指示書あります」を見て、医院の羽生郁久医師に相談した。
 「病気が不治で回復不可能と考えられる場合、死の過程を長引かせるだけの治療は中止して。口から食べることを大切にした自然な経過でのみとりをしてください」などと書かれた文書に自分と家族、自分で意思決定ができなくなった時に判断をゆだねる医療代理人の署名をする。3部作りそれぞれが保管する。
 夫婦は、家族署名はお互いでして、、代理人は羽生医師に頼んだ。共に再婚でそれぞれに子がいるが現在は夫婦2人暮らし。夫は20代から高血圧で10年以上羽生医師のもとに通う。「最期は子どもに頼らず夫婦2人で。具体的な処置への希望はよくわからないが、どうしたらいいか話すきっかけになった」
 飯田医師会は08年度から病院や診療所計123カ所に指示書を配り、希望する患者にlセット300円で渡している。医師会の在宅・終末医療対策委員長だった羽生医師が中心に作った。診察の時に患者から話を聞くうち、終末の希望を残す必要性を感じた。でも患者をみとるのは自分ばかりでない。地域の医師で共有できるかたちを目指した。羽生医師は「ふだんから死に向き合い、身近な人に思いを伝えておくと、急変して運ばれた先で初めて会った医師にも、家族を通して意思が伝わりやすい」と話す。
 国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)も、元気な外来患者らを対象に指示書を記入してもらっている。07年以降124人が提出した。作成を手がけた三浦久幸在宅医療推進室長は「末期の人は希望が朝と夕でも変わることがある。本人がしっかりしていたときの思いを理解し支えるのはだれかを明示しておくのは不可欠だ」と言う。


62%が「賛成」 08年厚労省意識調査

 リビングウイルは、治る見込みがなく、死期が近い時には、延命医療を拒否することを事前に書面に残しておき、本人の意思を直接確かめられない時は、その書面に従い治療方針を決めるという考え。米国では自分で判断できなくなった時に決めてもらう代理人の指名もすることが多い。
 厚生労働省は07年、終末期医療の決定の指針をまとめた。病院側と話し合って患者が決めた意思を文書にまとめておく、本人の意思が確認できない場合は家族と話し合うなどとされる。ただ治療をしない場合や中止する場合の要件が示されているわけではない。
 同省の08年の意識調査によると、62%がリビングウイルの考えに基づき、書面に従う治療の決定に賛成するとした。一方や、どれだけの病院が患者の意思を書面に残しているか、明確な数字はない。
 日本尊厳死協会(事務局・東京)は1976年から「リビング・ウイル」の登録を始めた。延命措置を断り、数カ月以上植物状態になった時は生命維持措置をやめるなどと要望、協会が原本を保管する。約12万5千人が登録。終身会員は会費7万円(夫婦2人で10万円)。より安く身近なものに、などと医療機関や地域で作る動きもある。

【平成22年10月15日 朝日新聞・生活】
 

私の感想

 終末期状態に陥った場合、どのような医療を希望するのか、事前の指定書の記載が存在すれば、医療機関側も判断に迷うことは少ないのですが、現実には、事前指定書を記載されている方は、「極めて稀」です。
 認知症の場合、認知障害が強くなれば、自分自身で「意向」を表明することすら不可能となりますので、元気なときに記載した本人による事前指示書が無ければ、家族による意向が治療方針に反映されることになります。詳細は、こちら
 私が勤務している榊原白鳳病院には、一般病床と療養病床があります。一般病床での治療を終えて状態が落ち着くと療養病床に移ります。一般病床入院時に、終末期に陥った場合の意向を聞いていますが、平成22年4月以降、療養病床に移った時点で再度意向を調査し、入院時の意向と変化がないか確認してきました。
 アンケートは平成22年4月〜9月まで6か月間実施しました。37例に調査票を配布しましたが、回答が得られたご家族は18例でした(18例の一般病床平均在院日数:81日)。18例の患者さんの年齢は、64〜99歳(平均76.7歳)で、男性が7例、女性が11例です。患者さんの基礎疾患は、脳卒中後遺症による準終末期が11例、認知症による準終末期が2例、肺炎などの全身疾患による準終末期が4例、癌による準終末期が1例です。
 終末期に対する意向の変化に関しては、意向の変化はなかったケースが半数の9例です。入院当初希望されていたCPR(心肺蘇生)を希望されなくなったケースが5例ありました。また、「気管内挿管は希望しない」と回答していましたが、「延命目的の挿管であれば希望しないが、救命目的の気管内挿管であれば希望する」と詳細な意向内容が確認できたケースが3例ありました。1例ですが、入院当初は「全てのCPRを望まない」と回答していましたが、療養病床転棟時の調査では「全てのCPRを希望する」と回答が変化していました。
 入院後、病状の変化を繰り返すうちに、終末期に対する意向が変化してくることは十分に想定されます。折に触れてきめ細やかに意向を確認していく必要があります。
 また、経管栄養に関する意向調査も行っていますが、経管栄養を既に実施中にも関わらず、「して欲しくない」と回答されているご家族が3例ありました。回答理由は確認しておりませんが、終末期医療の難しさを感じさせられる数字ですね。

 

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