自社製品を本当に厳しく評価できるのか?
平成九年三月に発売されたトログリタゾン(ノスカール、三共)による死亡例を含む肝障害が、マスコミで大きく取り上げられたことは記憶に新しい。厚生省は同年十二月一日に緊急安全性情報を出し、定期的な肝機能検査の必要性を強調した。緊急安全性情報によれば、この時点における死亡例は三例、トログリタゾンの推定使用者数は一五万人であった。
緊急安全性情報が求めたのは、定期的な肝機能検査、患者への副作用の説明、肝機能障害を示唆する症状や検査値異常が見られた場合の服薬の中止であったが、患者(と医師)の多くは肝機能の異常の有無にかかわらず、トログリタゾンの使用を中止することを選択した。
本稿では日本版処方−イベントモニタリング(J−PEM)パイロットスタディの中間集計結果をもとに、患者と医師がマスコミ報道をいかに受け止めたかを検証する。
マスコミ報道後三分の一の患者が使用を中止
マスコミ報道のあった平成九年十一月から十二月にかけて、この時期にトログリタゾンを使用していた患者602名の三分の一に当たる207名が使用を中止した。
情報不足がマスコミ報道によるパニックを倍加させる
洋の東西を問わずマスコミによる重篤な副作用症例の報道は、しばしば強い反応をひき起こす。たとえば、「第三世代」のピルによる静脈血栓のリスク(30/10万人/年)が「第二世代」のピルによるリスク(15/10万人/年)より高いことが英国の行政当局により警告され、これが“killer pills”のレッテルでマスコミにより報道されるやピルの使用率は激減し、妊娠と出生も一時的に増加した。既に数十年の歴史をもつピルにおいてさえ強い反応をひき起こすことを考えれば、トログリタゾンのような新しいクラスの新薬による垂篤な副作用報道が、ある種のパニックをひき起こすのは避け難い。冷静な判断に必要な信頼に足るデータが欠落していればパニックはさらに増大する。
例えば、トログリタゾンの肝障害では、緊急安全性情報が出た時点では「死亡例を含む重篤な症例で定期的な肝機能検査を行っていたと仮定したら、これを未然に防ぐことは可能だったのか?」「緊急安全性情報が出された時点における推定使用者数15万人、死亡者三人から肝障害の死亡は五万例に一例と考えてよいのか?」「死亡例以外ではどの程度の肝障害がいかなる頻度で起こったのか?」などの疑問に明確に答えるために必要な資料が欠落していたことが、患者、医師の不安を増幅させた。前者の疑問については、その後重篤な肝障害例三五例の検討結果が発表され、トログリタゾンによる肝機能の悪化は多くの症例で、比較的ゆっくり進行することが明らかにされている。
しかし、後者の発生率については未だ信頼に足る市販後のデータは存在せず、マスコミ報道によるパニックから一年以上経過後の現在も、リスクについての情報は不完全である。発生率を売上統計とメーカーのMRによる副作用報告収集という異なるデータ源から待られた数字(例えば肝障害による死亡三例と推定使用者数15万人)を用いて間接的に計算しても信頼性は低い。倍頼に足る発生率を求めるためには、薬の使用者全体をできるだけ代表する多数の症例を一例一例について経時的に調査し、発生したイベントを記録することが必要である。
独立第三者機関の必要性
わが国は世界に類をみない薬の再審査、再評価制度をもつ。新薬承認後に行われる再審査をパスするために例外なく必要とされるデータの中には最低30OO例を対象とする「使用成績調査」の結果も含まれる。「使用成績調査」で得られた結果の一部は添付文書の改定などの形で再審査前にも活用されることがあるが、「使用成績調査」の全容が再審査に先立つ通常六年の間に明らかにされることは稀である。これに対しJ-PEMの中間集計結果はリアルタイムでインターネットに公開される(http://square.umin.ac.jp/~pe//)。
情報公公開のあり方以外にも企業による調査には問題があり、その改善・強化だけで「自社製品を本当に厳しく評価できるのか?」という素朴な疑問に応えることは難しく、製薬企業の一部にも第三者機関による調査を望む声は強い。医薬品の安全性を調査する独立第三者機関を設立すべきであるとの主張は、最近のNew England Journal of Medicine(339:1851、1998)にも見ることができる。
J-PEMパイロットスタディは東京大学医学部薬剤疫学講座を「当面の主催者」として実施されている。トログリタゾンのパイロットスタディは平成十年九月末で患者コード登録が締め切られ、平成十一年三月に最後の質問票が発送された。最終結果は平成十一年中には公表可能である。さらに、平成十年八月からはアンギオテンシンII受容体拮抗薬のロサルタン(ニユーロタン、萬有)を「テスト薬」とするパイロットスタディの第二弾が、平成十年度から三年間の厚生科学研究「日本版処方イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ」主任研究者:久保田 潔)として進行中である。
(東京大学薬剤疫学講座・久保田 潔 東海大学医学部長・黒川 清)
夢の糖尿病新薬として大変期待されたノスカールです。私も発売当初は随分使いましたが、新聞報道を見てその影響力の大きさから現在使用は自粛しております。
私自身特に客観的な判断で使用をやめたわけではなく、マスコミ報道で患者さんが不安になっている状況を納得させるだけの根拠あるデータを示すことができなかったため、使用していないという現状です。
「自社製品を本当に厳しく評価できるのか?」がやはり一番の問題点ですね。第三者による評価が不可欠ですね。