閉経後のホルモン補充療法(HRT;hormon replacement therapy)を行っていた女性では,Alzheimer病(AD)発症の危険率が低く,発症の予防効果があるという疫学調査結果が相次いで報告され,エストロゲンと脳機能の関連は脚光を浴びるようになりました.3年ほど前からアメリカでAlzheimer型痴呆の女性ホルモン補充療法に関して多施設二重盲検治験がいくつか進行中です.こうした大規模治験の結果が待たれているのが現況です.
2 小規模の治験では,すでに良い結果 が得られています. 発端は,10年程前のFillitらのADに対する女性ホルモン臨床試用の論文です.彼らはエストロゲン投与によって,卵巣摘除ラットの脳内コリンアセチルトランスフェラーゼが増加することに着目し,臨床的にもエストロゲンが女性の認知,感情機能に良い影響があることから,女性AD患者7例に,6週間のエストラジオール投与を行いました.3例で痴呆症状(注意・見当識・気分それに対人接触)に改善があり,良く反応する患者の特徴として,感情障害を伴うこと,発症が高齢であることと骨粗鬆症があることをあげています.そしてADによる痴呆がエストロゲン欠乏状態と関連があるという視点を述べています.
つづいて日本を中心に追試が行われ,1989年京都府立医科大学のHonjoら,1994年濁協医科大学Ohkuraら、Hendersonらと,女性ADに対するエストロゲンの効果が確認されました. しかし,これらわいずれも小規模の治験です。
3 さらにこれらの治験に伴って興味深いエストロゲンの中枢神経系への効果が明らかになっています.まずSPECTによる局所脳血流検査の結果です.閉経後にHRTを施行されている女性に一旦それを中断して,再投与すると局所脳血流量が増加します.さらにエストロゲンの作用機序として,脂質代謝に影響し痴呆発症への予防的効果を持つのではないか,あるいはアセチルコリン系への関与ぱかりでなく,神経細胞損傷への修復作用などいくつかの仮説が考えられています.
4 大規模治験を計画する際の困難さには、癌発生のリスクの増大があります.いままでの小規模の慎重なエストロゲン 投与治験では重篤な副作用は報告されていません.しかし、これク広範にAD忠者に対する治療薬,発症の予防薬として用いる場合には問題が残ります.つまり,閉経によって減少していた子宮癌発症のリスクは,エストロゲン投与で増加することが予測されます.また乳癌発生のリスクも増大すると思われます.投与法の改善によってこのリスクをコントロールすることが必要となります.
5 大規模治験の結果が期待されている今,「ADに女性ホルモンが効くか」というより「ADの発症に女性ホルモンの関与が想定される」というのが今日的な課題のようです.
さて同じAD患者でも,男性に対すろエストロゲン補充療法については,倫理的基準を通過するだけの根拠が薄いためか,男性痴呆忠者の攻撃性を減少させたとの報告がわずかにあるにとどまります。
(都立荏原病院 一瀬邦弘)
今度の検討結果を待ちたいと思います。