痴ほう症新薬、過剰期待は禁物

 アリセプトの効果は、ミニ・メンタル・ステイトというテストで、○・三九点の「改善」!


 日本で初めてのアルツハイマー型痴ほう症治療薬が発売される。「アリセプト(成分名・塩酸ドネペジル)」と呼ばれ、根治薬ではないが、症状の進行を遅らせる画期的な新薬として注目されている。普段の診療でも「あの薬はどうですか」と痴ほう症患者の家族からの問い合わせは多い。

 しかし、日ごろからアルツハイマー型痴ほうを診療している医者の立場からみると、公表された治験データは一般の人たちの期待からかけ離れている印象を持つ。このままでは本当の効能・効果をよそに期待感だけが独り歩きする恐れさえある。

 アルツハイマー型痴ほうの記憶・知能障害は、脳内の神経細胞末端ら出るアセチルコリンが不足して起きると、一九八○年代に仮説が立てられた。新薬の原理は、アセチルコリンが酵素によって分解されるのを妨害して、結果的にアセチルコリンの作用を強めることにある。今、アルツハイマー型痴ほうの治療薬として各社が開発を進めている大部分がこの種のものだ。

 治験データの主なものはすべて専門誌に紹介されている。その中でも米国の神経学専門誌「ニューロロジー」の九八年一月号に掲載されたアリセプトの治験結果が最も代表的だ。この治験では、アルツハイマー型痴ほうの患者を、本物の薬を使ったグループと偽薬を与えたグループに分け、六カ月間で症状がどう変化したかを調べている。

 知能の評価には五種類のテストが行われた。そのうちアルツハイマー病評価尺度とミニ・メンタル・ステイトという二つのテストは日本でも翻訳されて広く使われている。

 ミニ・メンタル・ステイトは十一項目の問題からなり、日時や場所、簡単な計算を尋ねる極めて易しいテストだ。三十点満点で、二十三点以下だと痴ほうが疑われる。

 報告によると、治験前に平均十九・一七点だったアルツハイマー型痴ほうの人たちは、この薬を飲むことで平均して十九・五六点に上がった。◯・三九点の「改善」である。一方、偽薬グループで平均十九・四◯点だった人たちは平均して十八・四三点に下がり、マイナス◯・九七点の「悪化」だった。効果とは三十点満点のテストで約◯・四点よくなることだった。飲まなかった人は約一点悪くなった。

 アルツハイマー病評価尺度は0点(正常)から七十点までランクされているが、その変化も平均して一点よくなるかどうかという程度の成績である。一点とは、封筒便せんが入れられなかったのが指示で入れられるようになった、あるいは親指をさして親指と言えるようになったという、七十ある問題の一カ所改善しただけなのだ。

 事実、日本で行われた臨床試験では、介護家族が軽度改善したと評価した例は偽薬で三○%、実薬で三六%とあまり差がなかった。さらに、薬を飲んでいても変わらないか、悪化とみた家族は偽薬グループで七◯%、実薬を飲んでいたグループでも六五%前後に上り、家族にはほとんど効いたという印象がない

 開発担当者らが症状の進行を遅らせるとする根拠は、偽薬グループがごく軽度の知能低下の進行があるのに対し、実薬グループではごくわずかの知能の上昇がみられたことである。しかし、この薬によって原理的に病気の進行を止めることはできない。公表データの中には、実薬でも偽薬と同じように病気は着実に進行していたことが示されている。それゆえ、製薬会社は発売にあたって効能・効果に「軽度及び中等度のアルツハイマー型痴ほうにおける症状の進行抑制」とうたいながら、使用上の注意に「アルツハイマー型痴ほうの病態そのものの進行を抑制するという成績は得られていない」と、ただし書きをつけている。この表現の違いを読みとれるのは痴ほう症の専門家しかいないだろう。アリセプトを皮切りに次々とアルツハイマー型痴ほうの治療薬が出番を待っている。この程度の薬が高齢者の痴ほう症に広く使われるようになれは、効能・効果が不確実だと批判を受けた脳循環改善剤や脳代謝賦活剤の二の舞いになりかねない。過剰な期待は医者にも一般の方にも禁物である。

【浴風会病院〈東京都〉精神科診療部長・須貝佑一先生】  

(参考文献:平成11年11月24日 朝日新聞・論壇)

 

私の感想

 ポイントをついたなかなかの記事です。0.39点の改善しかなかったというデータはショッキングな数字ですね。また、「製薬会社は発売にあたって効能・効果に『軽度及び中等度のアルツハイマー型痴ほうにおける症状の進行抑制』とうたいながら、使用上の注意に『アルツハイマー型痴ほうの病態そのものの進行を抑制するという成績は得られていない』と、ただし書きをつけている。この表現の違いを読みとれるのは痴ほう症の専門家しかいないだろう。」という指摘ですが、この文章の意味は、このホームページ上では従来から指摘していますように、○・三九点の「改善」効果があっても、その効果は、病気本来の進行のため、半年から1年後には元の点数のレベルに戻ってしまうから、半年ないしは1年分症状を緩和(進行を遅らせた)できたという意味なのです。

 つい先日も紹介しましたように、「アリセプトは根本的な治療薬ではありませんが、軽・中度のアルツハイマー病に対して進行を遅らせる効果が期待されています(重症例に対しては検討がされていないため、使用の対象からははずされております)。しかしその効果の発現は二〜三割程度で、進行を遅らせる効果は一年弱程度といわれています。すなわち、症状を一年程前の状態に改善し進行を遅らせるのですが、脳の萎縮そのものを抑制する薬ではないので、やがて重症化するのです。また、効果の発現は二〜三割程度ですから、効果が発現するかどうかは何とも言えません。しかし、副作用は軽い消化器症状(一過性の吐き気、食欲不振)が主たるもので、今のところ大きな副作用は報告されておりませんので、一度は試してみる価値がある薬ではないでしょうか」というのが、アリセプトの現状なのです。

 

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