1回投与でマウスの認知機能改善!
原理を分かりやすく解説!
【冒頭省略】
Aβ1−43を用いたワクチン
ADの病理学的特徴は,アミロイドβ(Aβ)蛋白質の蓄積による老人斑の形成,タウ蛋白質の沈着による神経原線維変化,シナプス,神経突起,神経細胞の変性・脱落である。なかでも,老人斑に沈着するAβ蛋白質が,ADの発症機序の中核であることが明らかになっている。Aβ蛋白質は,アミロイド前駆体蛋白質(APP)から切り出されて定常的に産生されており,生体内では40個のアミノ酸から成るAβ1−40と42個のアミノ酸から成るAβ1−42などがその主要な産物である。これらのうち生体内に最も多量に存在するAβ1−40は,比較的水に溶けやすく分解されやすい。これに村してAβ1−42は,量的にはAβ1−40の10分の1程度しか存在しないが,不溶性で非常に凝集性が高く,神経毒性が出やすいとされる。
1999年に,ヒトAPPトランスジェニツク(Tg)マウスをAβ1−42で免疫すると,老人斑の形成を予防でさることが,米国エラン社のDale Schenkらによって示された。このグループは,世界で初めてヒトAPPTgマウスを作製したことでも知られている。Schenkらの報告をもとに,合成Aβ1−42ペプチドにアジュバント(免疫賦活薬)を混合した筋注型のワクチンAN-1792がアイルランドのエラン社によって開発され,ワイス社により治験が開始された。しかし,実薬群280例の約6%が髄膜脳炎を発症したことから,2002年に治験は中止された。
田平所長,同センター血管性痴呆研究部の原英夫室長(現・藤田保健衛生大学神経内科准教授)らが開発したADの新規ワクチンは,AN-1792で用いられたAβ1−42と同等の凝集活性と神経毒性を持つAβ1−43を用いている。
腸管免疫を誘導
「常時雑多な異種抗原にさらされている腸管は,T細胞のもう1つのサブタイプTh2による反応が強く現れ,Th1反応は抑制されていることが知られている。そこで,われわれは経口投与でAβに対する腸管免疫を誘導すれば,Th1を刺激せず,脳炎を回避できると考えた。しかし,合成ペプチドをそのまま投与しても消化酵素で分解されてしまうため,安全性の高いアデノ随伴ウイルスベクターを使用した」(同所長)
ベクターは腸管上皮細胞に感染し,そこでAβ1−43ペプチドがつくられる。Aβ1−43cDNAの上流に分泌シグナルペプチドを組み込んであるため,Aβ1−43の大半は腸管から排泄されるが,一部が体内(粘膜固有層側)に分泌されて抗体がつくられる。血流に乗って体内を巡る抗体は血液脳関門からわずかずつ脳に浸透し,徐々に脳全体に行き渡ることが確認されている。腸管の表面積は体内で最も大きいので,抗体の産生効率もきわめてよいと考えられる。
認知機能の改善を確認
ADのモテデルマウスであるヒトAPPTgマウスで,上述のように1回経口投与のみで45週齢のマウスの脳内から老人斑がほぼ完全に消失するのが確認された。抗体価はワクチン投与後4週ころから上昇し,8週目でピークに達した後,徐々に低下したが,半年後も高値を保っており,マウスでは1回経口投与で少なくとも半年間有効であることがわかった。副作用の発生はなかった。ただし,このマウスは誕生直後からAβが盛んに産生されているため,Aβに村して免疫寛容が成立している可能性があり,副作用がなくても安全とは速断できない。そこで,脳にAβが自然に蓄積することが明らかになっている20歳以上の老齢サルでも実験を実施し,コントロール群より実薬群で老人斑が有意に減少することと,脳炎などの副作用が見られないことを確認した。
この知見は,2004年のJournal of Alzheimer Diseaseに掲載され,同年の最も優れた論文に対して贈られるALZHEIMER AWARDを獲得した。
さらに最近,原室長らは,ワクチン投与後にマウスの認知機能も著明に改善することを明らかにした。
認知障害が軽度の段階でワクチンを
では,ヒトではワクチン投与でどの程度認知機能が回復しうるのか。
先述した臨床試験中止後の実薬群に対するフォローアップから,ワクチン投与前に認知機能検査のMiniMental State Examination(MMSE)で仮に20点の成績だった人が,ワクチン投与後に30点を獲得することはなかったことが明らかにされている。この報告は,ワクチンによって認知機能の低下が緩やかになるか,あるいは現状維持できることを示唆すると考えられる。
これについて,田平所長は「ADは脳細胞がかなり死んで,かつ代償能も失われた時点で発病してくる。したがって,その時点でワクチンを投与して老人斑をきれいにしても,既に神経ネットワークはずたずたで,もとに戻れない可能性がある」と見ている。この推測から,ワクチン投与はAD発症前の,MCIを認める段階で実施するのが最も有効ではないかという。
「ただし,MCIの人が必ずADになるとは限らず,血管性認知症を発症する例もあれば,それ以上進行しない例もある。そのなかから将来確実にADに進展する例だけを選別するには,MCIと画像診断を組み合わせてスクリーニングを実施するのが最良の方法と考えられる」(同所長)
ADの画像診断として現在世界的に行われているのが,ポジトロン断層撮影法(PET)によるアミロイドイメージング,[llc]PIB PET(llC:カーボン11,PIB:ピッツバーグ化合物)で,脳内のAβの蓄積をほぼ特異的に検出できる。この画像診断とMCIを組み合わせて検討し,その時点でワクチン投与を行うか,あるいは当面経過観察するかを決定するのが最も現実的という。
同所長らは,本年中にも米国で第I相試験をスタートさせたい考えだ。
私の感想
この記事は、国立長寿医療センター研究所の田平武所長へのインタビューに基づき記載されたものです。
経口ワクチン療法の原理などがかなり分かりやすく記載されておりましたのでご紹介させて頂きました。
最近、私の外来に、「将来、ワクチン療法を受けたいのでお願いします」と言って来られた患者さんもおられました。明らかにMCIの状態の方でした。私は、「ワクチン療法の国内での臨床試験を行う医療機関は決まっていないが、おそらく国立長寿医療センター病院はその一つになると思われます。そしてその準備が少しずつ進められていくと思われます。具体的には、MCIの方に対してポジトロン断層撮影法(PET)によるアミロイドイメージングを実施して対象患者さんを抽出していく方法が取られると思われますから、今のうちから受診しておけば対象として選ばれる可能性はあるかも知れませんから現在診療してもらっている主治医の医師に、国立長寿医療センター病院宛に紹介状を書いてもらって下さい」とアドバイスしました。
このアドバイスが正しいのかどうかは何とも言えませんが、可能性を追求したいという患者さんの希望を叶えるためには当然のことと感じております。