「あれ」「それ」などの代名詞が増えたら要注意!
初めての土地に旅行するのが難しくなったり、帰り道で迷ったら受診を!
エピソード記憶が著明に障害される!
アルツハイマー病早期の臨床症状の中核は,記憶障害,地誌的見当識の障害および人格障害である。物忘れや異常な言動に家族が気付き,あるいは社会生活への支障を自覚して受診する.初期の記憶障害ほ,エピソード記憶の障害であり情報を近時記憶のなかに組み込むことができない.何度も同じ質問を繰り返しし,「あれ」「それ」などの代名詞が増える.一方,意味記憶や即時記憶,手続き記憶などは比蚊的保たれる.地誌的見当識の障害は「初めての土地に旅行するのが難しくなった」「帰り道で迷ってしまう」などの訴えで始まり,自発性の低下,易怒性,抑うつなどの人格障害も初期からみられる.その後,近時記憶および遠隔記憶の障害が著名になり,構成能力の低下、空間見当識の障害が明らかとなる.失語,失計算,観念運動失行が出現し,落ち着きがなく,無頓着,無欲といった性格変化を認める.末期には,知能は高度に障害され,四肢には固縮を認め,屈曲姿勢となる.
痴呆症状に対する治療(中核症状に対する薬物療法)
わが国で痴呆の中核症状に有効な抗痴呆薬として認可されている薬物はない.海外では,アセチルコリンエステラーゼ阻害薬であるtacrineが、抗痴呆薬として初めて米国のFDAの認可を受け,その後,肝機能障害などの副作用が少ない第二世代のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が,アルツハイマー病に対する抗痴呆薬として用いられている.アルツハイマー病では,コリン作動性ニューロンの障害を背景に,アセチルコリンエスラーゼ阻害薬,ムスカリン性アセチルコリン受容体作動薬,ニコチン受容体作動薬などのコリン作動薬を含んだ神経伝達機能改善薬,protirelinなどの神経ペプチド系薬,神経栄養因子様作用薬,脳エネルギー代謝改善薬などが,臨床治験中である.エストロゲン補充療法は最近の大規棋なprospective studyで,アルツハイマー病の発症りスクが有意に低いことが示され,予防薬として,今後,臨床応用が期待される.非ステロイド系抗炎症薬も,アルツハイマー病脳内における免疫反応を抑制することにより,進行を抑える可能性があると推定されている。一方,脳血管性痴呆に対しては,モノアミン作動性神経系作用薬,グルタミン酸作動性神経系作用薬などの神経伝達機能改善薬,神経ペプチド系薬,および脳エネルギー代謝改善薬などが,臨床治験中である.
老年期痴呆のケア
痴呆患者は,自分の身体を危険から回避することが難しい.火の不始末による火災,転倒,交通事故,異物の誤嚥など,痴呆患者の周囲には多くの危険があり、患者自身も不安を感じている。患者周囲の環境を整備することで,精神的な落ち着きを取り戻すことができる.また,環境の変化に順応できず,引っ越しや入院などが,症状増悪の引き金になることが多い.入院はなるベく短期間とし,引っ越しなどで環境が変わった時は,特に症状の変化に留意する.
初期の痴呆患者は,しばしば自分の物忘れを嘆き,自信を失い,意欲が低下している.痴呆患者ではエピソード記憶は著明に障害されているが,手続き記憶は保たれていることが多い.病前の趣味や,以前従事していた職業に関する事柄などを驚くほど上手に行うことができることがある.保たれている能力を引き出し,繰り返して行わせることで,意欲と自信を回復させることができる.
(岩手医科大学・神経内科講師 高橋 智)
少し専門用語も出ておりますので、記憶の分類について再度復習しておきましょう(私の著書より抜粋)。
【記憶の分類】
記憶というものは、ものを覚える「記銘」、それを保存する「保持」、記銘したことを思い出す「再生」という過程よりなっている。
この記憶は時間的な側面より、臨床的には即時記憶、近時記憶、遠隔記憶に分けられます。心理学用語では短期記憶・長期記憶の2つに分けられ、短期記憶は即時記憶に相当し、長期記憶に近時記憶と遠隔記憶が相当します。
即時記憶は30秒以内の記憶で、近時記憶は30秒以上、分・日・週に及ぶ期間の記憶で、年余にわたる記憶が遠隔記憶であります。
さて加齢に伴う記憶の低下とアルツハイマー病の記憶低下で、時間的側面での違いがあるのでしょうか。残念ながら加齢性の記憶力低下も、初期アルツハイマー病の記憶力低下も共に近時記憶の低下が主体です。ですから低下した記憶の種類からは、加齢性のものか初期アルツハイマー病なのかの判断は困難なわけです。
記憶の分類にはもう1つありますので、ご紹介しておきましょう。エピソード記憶・意味記憶という分類があります。
エピソード記憶とは、生活のある時間と場所で学ばれた情報の記憶です。例えば、夕食の内容などの記憶です。これに対して意味記憶とは、特定の時間空間的文脈に結びついていない、世界についての一般的知識の記憶であり知識に相当します。
意味記憶は加齢の影響を比較的受けにくいのに対し、エピソード記憶は加齢とともに低下します。エピソード記憶がほぼ1回だけ遭遇した出来事の記憶であるのに対し、意味記憶の場合には、長期にわたる学習がなされていることも加齢の影響が少ないことに関連していると考えられています。
アルツハイマー病患者さんでは、加齢性の記憶力低下と異なり、意味記憶・エピソード記憶がともに強く障害されます。