ADでは、ACh作動系ニューロンでは、ニコチン性受容体がムスカリン性受容体に比して前頭葉、側頭葉、後頭葉などで特に選択的に強く変性を起こしており、ニコチンを投与してコリン作動性受容体を刺激しよう(ニコチンパッチ療法の作用機序)
〔問い〕喫煙者における痴呆の発生率は非喫煙者よりも有意に低いか。また、欧米では禁煙治療用のニコチン含有の貼付用パッチを痴呆の治療に転用しているというが、その概要を。
(愛知K生)
〔回答〕近年、たばこの害が大きく叫ばれ、わが国では喫煙者のほうが痴呆症にかかりやすいという報告もみられるが、これは死亡診断書に基づいた疫学的調査によるものである。通常、死因に痴呆という病名が記載されることは少なく、したがって痴呆患者の頻度が実際より低く出るため、このような方法は信頼性に乏しいという批判がなされている。
一方、海外では喫煙者・非喫煙者を対照とした、いわゆるcase-control studyが行われており、喫煙者はアルッハイマー病(AD)に罹患する相対危険度が低いという報告が多い。Leeは過去10年間に発表されたこれら一九編の論文を仔細に検討した報告(メタアナリシス)の中で、喫煙とADとの間に逆相関が存在し、喫煙者のAD発症に対する相対危険率は非喫煙者に比し0.60(p<0.001)であると報告している。
最近、Ottらは6870名の住民を対象とするコホート研究で患者について喫煙の影響を検計し、喫煙者に発症の多いことを報告したが、ADの危険因子であるApoEε4遺伝子型を有するものでは有意差はみられなかったという。ただし、観察期間が2.1年と短く、将来、検討の余地を残している。
ADはマイネルト核から大脳皮質に広汎に投射するアセチルコリン(ACh)作動系ニューロンの変性に起因するものであり、本疾患の対症療法として、シナプスにおけるAChの分解を妨げる抗コリンエステラーゼ薬が用いられている。一方、ACh作動系ニューロンでは、ニコチン性受容体がムスカリン性受容体に比して前頭葉、側頭葉、後頭葉などで特に選択的に強く変性を起こしていることが、一九八○年代に入って受容体化学の進歩によって明らかにされた。
このような事実から、ニコチンを痴呆の治療に応用しようという試みが、筆者をはじめ、いくつかなされている。こればパーキンソン病の治療にドパミン受容体刺激薬であるブロモクリプチンやペルゴリドを用いる治療法の原理を応用したものである。ADでは、ニコチンを投与してコリン作動性受容体を刺激し、そのシナプス伝導を促進させようとするものである。
筆者らは軽度痴呆患者一八名に2〜4週間、毎日ニコチンパッチを貼り、その前後における知的機能の変化を調べた。長谷川式あるいはMinimental State Exam Scaleなどの知能検査では有意の変化はみられなかったが、抗痴呆薬の効呆判定に有用とされている事象関連電位、特に、P300の潜時が治療後に有意に短縮し、認知機能の改善が証明された。また、精神作業能力の指標となる内田,クレペリンテストの成績も同様に有意に改善した。米国のNewhouseらも同様に、ニコチンの痴呆に対する改善効呆を報告している。
ニコチンを治療に用いるとしても、種々の克服しなければならない問題が存在する。まず、治療対象としてニコチン受容体がまだ多く残存している軽症例を選ぱねばならないが、痴呆症の早期診断が困難な点である。また、ニコチンの薬物としての治療域が狭く、投与量の決定が難しい。投与法としてはパッチ療法が最適であるが、ニコチンを長期にわたって投与すると、受容体の数が増加する、いわゆるupregulationという異常現象が現れ、ニコチンの長期投与の効果についてはまだ十分検討されていない。
ニコチン受容体には多くのサブタイプが存在するが、近い将来、目標とする脳内各部位の受容体構造が解明され、それに対応したニコチン・アナログが開発されてはじめて痴呆症への臨床応用が実用化されるものと考える。
(回答者:R脳神経疾患研究所総合南東北病院 片山宗一)
論文内容・作用機序から考えると、症状改善効果を期待して行う治療と言うよりも、進行阻止効果が主目的といえそうですね。