私はアルツハイマーです(語りはじめた人たち):読者からの反響

 

 病をどう伝えたら・・・!


 連載「私はアルツハイマーです」(8月1・3日)に、たくさんの反響が寄せられた。痴呆の人自身が語ることに期待する一方で、その前提となる病名や症状を知らせることについて、不安や戸惑いを感じたり、難しさを訴えたりする声が目立った。患者、家族、医師それぞれの思いを紹介する。

(編集委員・生井久美子)

 

患者から:

 医師の態度、まず変えてほしい

 東京都の静子さん(75)=仮名=からパソコンでつづられた手紙が届いた。「アルツハイマーと『宣告』されました。初期で、困ることは少ないけれど、いつ母の日がくるか不安です」

 03年9月、もの忘れが気になって脳神経外科で検査を受けた。少し前から物の名前や地名を思い出せないことがあった。秋晴れで夫も散歩がてら、ついてきた。軽い気持ちだった。

 翌週、結果を聞きに一人で行くと、医師に「間違いなく、アルツハイマーです」と「宣告」された。衝撃とともに、医師の態度に打ちのめされた。医師はCT写真を見せ、「治らない。脳が縮んでいる」といい、「薬の効く確率は10分の1。飲みますか」と聞いた。

 「どのくらいで自分自身がわからなくなりますか」。すがる思いで尋ねると、「そんなこと予想できない」。医師は静子さんと一度も目をあわせず、机の書類を見ながら「なんで今日はご主人と一緒じゃないのっ」といった。あなたに話してもムダ、という態度だった。

 落ち込んで何もする気になれなかった。息子に勧められて11月、別の病院で検査を受け、「アルツハイマーではない」と診断された。今度の医師は話をじっくり聞き、「小さな脳梗塞がいくつかある」と説明してくれた。

 どちらの診断が正しいか、さらに別の病院で確かめる気はない。「じたはたしても仕方ない」し、最初の屈辱をまた味わいたくはない。「患者が語るためには、まず医者の態度を改めてもらいたい」

 

家族から:

 知らせたいが偏見も怖い

 幸子さん(68)=仮名=の夫(75)がアルツハイマーと診断されたのは、3年前の秋。幸子さんは、病名を夫に伝えていない。

 医師は、本人ではなく、幸子さんに「アルツハイマーの中期で、普通なら2〜3年で妻もわからなくなる。もの忘れが進み、疑い深さなどの症状がでて生活に支障もでるでしょう」と話した。

 「本人に病名を知らせるとすれば、それは残された時間をよりよく生きるためのこと。でも脳を病む人にその可能性があるのか」と戸惑った。信頼して病気のことを伝えた知人から、心ない侮辱的な対応をされ、「夫を世の中の偏見から守りたい」とも思った。

 ある通院日、夫は病棟の窓を見つめて「入院するようにはなりたくないな」とつぶやいた。「でも、老いの形を自分で決めることはできないから・・・・、その時がきたら潔く受け入れましょう」。これが脳を病む人の言葉かと驚き、畏敬(いけい)を感じた。

 夫は心理学者だった。

 学者としての役割は終わったけれど、少し手をかせば支障なく暮らせる。買い物に出ると荷物をもってくれ、帰り道、二人で賛美歌を歌うこともある。

 このまま静かに暮らしたい。一方、心理学者がこの病気になったのだから、病む者の立場から発言してほしいとも思う。「伝えるかどうか、もう少し様子をみながら考えたい」

 

医師から: 

 患者の意思、大切にしたい 

 内科病院副院長のKさんは、「アルツハイマー病の本人が語り始めることはとても重要だ」という。だが病名を知らせることには、Kさんが参加する痴呆に取り組む医師らの研究会でも賛否が分かれる。

 Kさんは、ほとんど本人に病名は伝えてこなかった。家族と相談し、「一刻を争うことではないので、ゆっくり考えましょう」と話してきた。家族には毎月最新の情報を渡し、メールで相談にも応じている。

 その理由は、アルツハイマーは(1)本人が理解できるかどうかわからない(2)進行の個人差が大きく説明が難しい(3)介護家族の役割が大きい(4)治療の選択肢がほとんどない・・など。「がんより伝えにくい」という。

 7月からアルツハイマーで通院中の患者の介護家族に、「自分がアルツハイマー病になったら告知を望むか」と尋ねた。39人のうち34人が知りたいと答えたが、患者に伝えていた家族はわずか8人だった。

 「患者だって知りたいはず。いま話せば理解できる人にも知らせないままでいいのか・・・」

 悩み、考え、8月末から、まずアルツハイマーの前段階として注目されているMCI(軽度認知障害)の人に、将来アルツハイマーになったら知りたいか、本人の意思を確認し、段階をおって伝えることにした。知りたくない思いも尊重したいからだ。

 

コメント:

 今は過渡期、ケア技術の向上を

 本文:省略

(コメンテーター:種智院大客員教授 小澤 勲氏)

(平成16年9月4日 朝日新聞・生活)

 

私の感想

 記事内に、『8月末から、まずMCIの人に、将来アルツハイマーになったら知りたいか、本人の意思を確認し、段階をおって伝えることにした。』と書かれておりますが、その際にお渡ししている文書を下記にご紹介致します。

【痴ほうと混同されやすいもの & MCIの進行に関して】

 痴ほうと混同されやすいものに生理的老化によるもの忘れがあります。これは、加齢とともにおこってきた軽度の記憶力障害で、「良性老人性もの忘れ(benign senescent forgetfulness)」とも呼ばれており、きわめて徐々にしか進行しません。すなわち同じもの忘れでも、「良性のもの忘れ」(加齢による生理的変化)と、「悪性のもの忘れ」(痴呆によるぼけ)とは全く違うということです。

 記憶力は、脳の側頭葉の内側にある「海馬」という場所になんらかの障害がおきると低下します。海馬は、新しい情報を脳の倉庫にしまい込む際の関所のような部位です。その一部に故障が起こると、記憶力が低下します。この海馬機能の衰えによるもの忘れを「海馬性健忘」(健忘とは忘れっぽいこと)と言いますが、これはぼけとは無関係です。ごくまれに明らかに異常に記憶力が低下している人が見つかることがあります。なかには、約15秒後にはほとんど何も覚えていないような人もいます。それでも、痴ほうではないことがあるのです(参考文献:1998年10月号 ゆほびかP110〜111)。

 普通のもの忘れ(良性老人性もの忘れ)と痴ほう症によるもの忘れ(悪性健忘)のいちばんの違いは、本人がはっきり自覚しているかどうかです。すなわち、ものを忘れたという自覚が「本人」にあるのか、あるいは本人には自覚がないが家族が「もの忘れが目立つと思う」のかどうかという点が重要であり、後者は痴ほうによるもの忘れの可能性が高いのです。また「日時・場所などの見当識障害」の有無も重要な鑑別点です。

 良性老人性もの忘れと悪性健忘の中間に位置するものとして、MCI(Mild CognitiveImpairment=軽度認知障害)という概念があります。

 その診断基準は、1)自覚的な記憶障害の訴えと家族によるその確認、2)年齢に比し異常な記憶力低下(記憶検査では平均値から1.5SD以上の低下)、3)記憶以外の認知機能は正常、4)運転や家計などの日常生活の能力は保たれている、5)痴呆はない、である。 MCIと診断された患者を追跡すると1年でその12%、4年ではおよそ半分がアルツハイマー病に進行したとされています。MCIは、以前isolated memory impairmentと呼ばれていたものに相当する概念です。すなわち、「純粋なもの忘れ」だから、ほとんど進行しないだろうと短絡的に考えるのは危険で、経過観察が重要であることが示唆しされているのです。軽症認知障害のままでとどまるか、アルツハイマー病に発展するのかの予測は、いかなる専門医でも困難です。

 では、MCIと診断されたら、経過観察するしか仕方がないのでしょうか。日本ではMCIに対するアリセプトの保険適応はないのですが、欧米では臨床試験が行われています。

 米国でのMCI患者270例を対象とした多施設共同二重盲検プラセボ対照比較試験では、プラセボ投与群に比しアリセプト投与群で24週後のADAS-Cogのスコア(アルツハイマー病評価尺度のうち認知に関する尺度)が有意に改善することが示されました。また、患者の全般評価においても悪化例はプラセボ群に多く、アリセプト投与群では改善例が多いという結果が2003年に「Neurology」という権威ある雑誌で報告されています。アルツハイマー病と同様にMCIでもアリセプトは有効であり、早期診断・早期治療の有用性が確認されてきているのです。

 

【アルツハイマー病の告知に関して】

 2004年4月10に京王プラザホテルにおいて開催された、「第五回・アルツハイマー型痴呆研究会・学術シンポジウム」においては、告知問題がメインテーマの一つとして取り上げられました。詳細は下記に記載しております。

 http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/AlzKokutiMedAsa.shtml

 私自身も、患者さん本人に対しては、アルツハイマー病の病名告知をするケースが少ないのが現状です。そこで一度、アルツハイマー病の告知に関する実態調査を行っておく必要があると思い、2004年7月から8月にかけて通院中のアルツハイマー病患者さんのご家族を対象にして、アンケート調査を行いました。

 ご家族からは、本人に病名告知した方が良いのかどうかという相談をよく受けますが、私は上記の資料を提供し、アルツハイマー病の告知問題に関しては専門家の間でも意見が分かれており統一した意見が出されていない現況をお話ししております。そして、「がんの告知問題と違い一刻を争って告知するかどうかを決めないと、治療の時期を逸するという病気ではないので、1〜2か月ゆっくりとご家族の間で話し合いまた相談しましょう」とお話するようにしています。

 しかし、「任意後見制度」を利用するには、告知は避けては通れない問題となります。任意後見制度とは、本人が元気なうちに(判断能力が衰える前に)判断能力が衰えてしまった場合に、誰にどのようなことを手伝ってもらいたいか(財産管理や法律行為など)、どのようなケアを受けたいかなどについてあらかじめ自らの意思を表明しておき、本人が実際に判断能力が衰えてしまった場合に、本人に頼まれた人が本人の任意後見人となり、本人の意志を実現する制度です。

 告知と一口に言っても実にいろいろな段階があります。単なる病名告知にとどまる場合、予後告知まで行う場合などです。しかし、ごく初期のアルツハイマー病の場合には、上記の【MCIの進行に関して】でも述べましたように、予後の判断はなかなか困難であるのが現状です。

 アンケート結果を通じて、先ずはMCIの段階で患者さんにMCIという病態の理解を深めていただき、そのうえでご本人に「告知」に関するアンケートを行い意思確認を実施しておき、アルツハイマー病に進展した際に告知するかどうかはアンケート結果を踏まえて判断するという手段が現実的なのではないかと現状では考えております。

 

 以上のような資料を熟読したうえで、病名・病状告知に関するご意見をお聞かせいただければ幸いです。急ぎませんので、ゆっくりと検討していただければ結構です。

 私も、「初期アルツハイマー病」であれば、「告知」を希望します。そして、家族への「遺書」を書いて身辺整理を済ませた後で、治療に専念するとともに、おそらく家族の手を煩わせないために「特養入所」などの道を選ぶように思います。

 

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