私はアルツハイマーです(上)

 

 痴呆の思い、社会へ発信!

 語りはじめた人たち!


 大切なことも忘れ、何も考えられなくなる−。「痴呆」は、そんな風に思われがちだ。だが最近、アルツハイマー病と診断された人たちが、不安や葛藤を公の場で語り始め、注目されている。その言葉は、痴呆は人生のおしまいでないこと、どんな状況になっても自分らしく生きようとしていることを伝えている。2回にわたって、語り始めた人々の言葉を紹介する。

 

 「私の病名は、アルツハイマーでございます」

 ヒリヒリするような日差しが差し込むサンルームで、夏子さん(71)=仮名=は話し始めた。やわらかな物腰、張りのある声。一見しただけでは、痴呆とは分からない。

 夏子さんは今、介護や医療関係者の間で、ちょっとした有名人だ。昨年9月、自宅のある茨城県内のホールで、800人の聴衆を前に病気について話し、「初めて公の場で話した勇気の人」と注目されたからだ。異変に気づいた時の不安、告知された時のショック、新薬や早期発見への願い・・・。話は15分間に及んだ。

 集いを企画した地元の「呆け老人をかかえる家族の会」に誘われたのが、きっかけだった。主治医で筑波大学教授の朝田隆さん(49)にも、「痴呆には偏見がある。本人の話をきけば、その苦しみや実態がわかってもらえる」と勧められた。夏子さんは「これはチャンス。話せるうちに、ぜひ聞いてもらいたい」と思った。

 夫(75)はそんな妻に驚いた。「元来朗らかな性格だが、世間体を気にする方なのに」。夏子さんは「病気なんだから、恥ずかしくも何ともない」。

 

病名わからず

 「あれは、大変な恐怖でございました」。初めて異変に気づいた日のことを夏子さんは振り返る。

 4年前、常磐線の車中で、「私、どこへ行こうとしているんだっけ」とわからなくなった。「頭が真っ白になって。切符を見ればいいのに思いつかない」。しばらくして、ふっと娘の家に行くのだと思い出した。

 少し前から、料理の種類が減り、人の名前や物の置き場所を思い出せないことがあった。年のせいにしていたが、今回は違う。

 受診した精神科での検査結果は、「大したことはない」。病名を告げられないまま、薬を処方された。後で痴呆の薬だと知り、悶々とした日が続いた。01年秋、夫が新聞で知った筑波大病院の「もの忘れ外来」を訪ね、朝田教授に軽度のアルツハイマー病と診断された。

 

夫責めた日も

 「びっくりしました。まさか自分が。はっきり、あっさり言われましたもんね」 

 「事実を知ってよかった」と思った半面、ショックも受けた。家までどう帰ったか覚えていない。何もする気になれず、眠れない日が続いた。92歳で亡くなった祖母の痴呆を思い出した。厳格だった人が腰巻きを脱ぎ捨てて走るのを必死で追った。「あんな醜態をさらしたら」

 「なぜ、私が」。原因をくり返し考えた。田舎から東京へ嫁いだ苦労、義母に気を遣う日々、帰宅の遅い夫を待つ団地の暮らし、遺産相続のゴタゴタ・・・。「あなたのせいよっ」。夫を責めた夜もあった。

 朝田教授の勧めで、2年前から週に1度、アートセラピーに通っている。10人の患者とその家族が参加する。指導者の話に笑い転げ、仲間と楽しい時を過ごす。「自分だけじゃない」と励まされた。

 それでも、恐怖は消えない。「定期的に受ける記憶テストの成績が落ち、病気が進んでいるのがわかる」「この病気が恐ろしいのは、自分が壊れていくのがわかることです。考えられるから、よけい苦しい」

 そんな時は、孫や娘のことを考えたり、一心に庭の草取りをしたり。戦災にもあわず、家族も戦死せず幸運だった・・・と人生を思い起こしたり。

 家事や身の回りのことは、まだできる。だが新しい洗濯機の使い方は覚えられない。直前にした犬の散歩や食べたばかりの昼食など、もの忘れは進み、「夫を記憶係」にしている。「これまで私が家を守ってきたのだから、今度は私を守ってね」

 朝田教授は「公に語ることが夏子さんの生きるエネルギーになっている」と見る。ご近所にも病名を隠していない。求められれば、また体験を話すつもりだ。

 「病気はしようがない。そう思わないと、しようがないでしよ。先の心配より、今を大切にしたい」

(生井久美子)

 

元大統領・俳優:病の公表、各国で

 痴呆の本人の発言が世界的に注目されたのは、94年のレーガン元米大統領のアルツハイマー病の公表だ。米国民への自筆の書簡の中で、「病気を公開し、この問題を共有したい」と訴えた。02年には、俳優のチャールトン・ヘストンさんも続いた。

 昨年には、オーストラリアのクリステイーン・ブライデンさんが、患者として初めて、国際アルツハイマー病協会の理事になった。

 政府高官だった彼女は95年、46歳でアルツハイマー病と診断された。今は、自国の同病国家プログラム運営委員会の委員として患者の意見を政策に反映させている。

 著書「私は誰になっていくの? アルツハイマー病者からみた世界」(クリエイツかもがわ)が翻訳され、日本の関係者にも衝撃を与えた。昨年11月には来日して講演。今年10月、京都で開かれる同協会国際会議(同協会と呆け老人をかかえる家族の会主催)にはクリステイーンさんらに加え国内の当事者が発表する予定だ。

 国際会議会長の長谷川和夫・聖マリアンナ医科大理事長は「痴呆の人は何もわからないという認識はひっくり返された。不安や悩み、どのようなケアを求めているかを当事者が語ることは、病名をあかすことに抵抗がある日本では特に、意義が大きい」と話す。

(平成16年8月1日 朝日新聞・生活)

 

私の感想

 素晴らしい記事が報道されましたのでご紹介致しました。アルツハイマー病への理解を深め、「語り始める」ことは確かに重要ですね。

 しかし、アルツハイマー病に対する告知は拡がっているのでしょうか。告知問題は、今年4月に開催された第五回アルツハイマー型痴呆研究会のメインテーマの一つでもあり、専門家より賛否両論の意見が交わされました。

 私は現在、アルツハイマー病の病名告知に関する実態調査を、アルツハイマー病で通院中の患者さんの介護者を対象として実施中です。現時点で32名より回答をいただいておりますが、病期に関わらず告知を希望された方は21名、初期の場合だけ希望すると回答された方が6名でした。しかしながらこの27名に関して、患者さん本人への告知が確認されているのは8名に過ぎませんでした

 自分自身が痴呆症になったら告知を希望するが、家族には病名を知らせたくないという日本特有の精神的風土がこの数字に表れており、アルツハイマー病に対して「逃げずに向き合う」ことの難しさを感じております。

 あと、アルツハイマー病告知問題で一番問題なのは、「病気の進行速度に個人差がある!」&特に「MCIでは、進行しないケースもある」ということです。告知してから1〜2年して進行がないことが分かったら、「良かった、進行しなくって・・」ということだけで済まされるのでしょうか??=告知後に損失したものに対し医師は責任を持たなくて良いのでしょうか?!

 

関連資料

 アルツハイマー型痴呆の病名告知をめぐって(平成16年7月号 メディカル朝日)

 http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/AlzKokutiMedAsa.shtml

 

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