男性に比して約l.5倍女性の方がADになりやすい!
教育歴は?
アルミニウムは?
アルツハイマー病のように原因がよくわかっておらず,しかも多因子性が予想され,かつ遺伝的背景よりも環境要因の強い疾患の原因究明と予防法の確立には,疫学調査による危険因子の同定がとりわけ重要である。アルツハイマー病と並んで代表的痴呆を起こす老化関連疾患,脳血管性痴呆ではすでに危険因子として高血圧と,その原因のlつとしての食塩の過剰な摂取が疫学調査で指摘され,一次予防がはかられ,実際に患者数の減少すなわち予防効果が実証された。
しかし疫学調査は実際に生活している多数の人間の集団を対象としているため信頼すべき結果を出すには,研究室内で行う動物実験や,シャーレや試験管の中で行う細胞・分子レベルの実験に比して,数々の困難がある。ことにアルツハイマー病のような疫学調査をしにくい疾患では,最近まで統計処理としては正しい同じような調査でも,相関あり,相関なしという一見正反対の結果が出たり,結果が大きくバラつくことも珍しくない。
1. 加齢(危険因子)
2. 女性(危険因子)
l,000[人×年]あたりの男女別の痴呆罹患率を比べると,男性でl0.5〜l5.6,女性でl5.2〜l9.4となっていて,やはり少しバラついているが,アルツハイマー病で通常いわれているのと同じく,男性に比して約l.5倍女性の方がアルツハイマー病(以下、AD)になりやすい。性差についての過去の調査では,高齢でのサンプル数が少なかった欠点があった。この総合調査での重要な知見は,女性がことにADで高い危険度を持つことを確認したことである。最近のスウェーデンのKungsholmenの研究ではより高齢の人々を対象にしたため,はっきりした性差が報告されている。性差はおそらく他のAD危険因子にも関係している。もちろんこの女性がなりやすいことについては,エストロゲンなど生物学的な差のみでなく生存率の差,性に伴う行動や曝露の差も考えられる。
3. 教育歴(危険因子?)
学校教育歴11年以上,8〜11年,8年以上を比較すると教育歴が低い方がADになりやすい,8年以下の教育歴をもつもののAD危険率はl1年以上に比し約2倍となっている。より詳しく調べると,ことに女性においてその差は著しく8年以下の女性では相対危険率(以下RR)約4.5(95%信頼区間(以下95%CI),l.64〜l2.57)で相関が高いが,男性ではRR;l.00(95%CI;0.48〜2.04)で差はない。
過去の調査ではこの教育歴の影響については結論がバラバラであった。ある報告では,この相関は社会的・経済的因子や低学歴の人々が神経心理テストがあまりうまくやれないことが多いための診断上の理由によるバイアスだという。別の報告では,教育歴は臨床的な痴呆を示す閾値に達する時期を遅らせる生物的能力の1つのマーカーであるという。
Mayo Clinicに登録されている人を対象にした調査では相関がみられなかったが,北Manhattanの調査では相関がみられた。これらの調査では性差はこの相関に関係していない。今回の調査ではAD危険度は女性にのみで教育歴と相関していたが,理由はわかっていない。
4. 喫煙(危険因子)
5. 頭部外傷(危険因子でない?)
これまでいわれていた結果と異なり,意識障害を伴った頭部外傷は全体にADと関係なかった(RR;l.02,95%CI;0.68〜l.5l)。しかし,男女別にすると男性は確かにAD発症率の上昇を示した(RR;l.66,95%CI;0.94〜2.98)。しかしMRC-AcPha研究だけは他の研究と大きく異なっていた。この研究を除いた残りの調査をプールして解析するとADの相対危険率は0.79(95%CI;0.3l〜l.98)となり,性差もなくなった。家族歴,心筋梗塞,脳卒中などconfunding(共絡)要因とされるものを考慮に入れても結果は同じである。この研究は現在までで最大規模のAD疫学調査であり,この結論は注目すべきである。
6. 家族歴(危険因子)
7. アルミニウム(危険因子)
ADの判定方法や診断基準が異なることが,このような疫学研究の場合に論争点となっていたが,最近,McLachlanらはブレイン・バンクから得られた死後脳標本の病理解剖所見によって確実にADと判定されたサンプルのみを用いて飲料水との関連を検討した結果,飲料水中のアルミニウム濃度がl00ug/l以下の地域に比べてl00ug/l以上の地域ではADの発症率が2.3倍高くなるというデータを報告している。また,l998年7月にアムステルダムで開催された第7回アルツハイマー病国際会議でも,フランスでの3411人の8年間にわたる追跡調査の結果,居住地域の飲料水中のアルミニウム濃度が高いと危険率が高く,ケイ酸イオン濃度が高いと危険率が低くなると報告されている。
アルミニウムはこれまで原子吸光などにより総アルミ量のみが測定され,脳内への取り込みも適当な放射性同位元素がなく,トレーサー実験(脳へのアルミの取り込みはトレーサー実験でない感度の低い方法では検出できない)がなかなか行われなかったため,著しく不十分な実験データばかりで議論されてきた不幸な歴史がある。例えば「食物などから一般に摂取する総アルミ量に比べて,飲料水中の総アルミ量やアルミ鍋から溶け出る総アルミ量は少ない。したがって,アルミは問題がない」といったアルミ業界など一部の主張である。毒性学では常識である,多数のアルミ化合物の間での毒性の差,脳内取り込み効率の差を考えないで,水俣病の原因を水銀一般だといっているような低いレベルの議論である。26Alを使った質量加速器解析で,アルミ化合物は脳内へ取り込まれ,しかも排出されにくいことは実験的に証明されている。今後はアルミ化合物ごとの分析と,質量加速器解析を使ったトレーサー実験により,どのアルミ化合物が危険なのか,もう少しはっきりとした危険因子の同定と発症機序へのかかわりの研究が望まれる。
(東京都神経科学総合研究所神経生化学研究部門 黒田洋一郎)
アルミニウムとアルツハイマー病の関連の研究の第一人者である黒田先生が、アルミニウムとアルツハイマー病との関係について客観的に解説しておられ、少々私には難解な部分もありますが、たいへん参考になりました(現状では、最終結論は未だ出ていないようですね)。
また、頭部外傷は危険因子と長い間指摘されてきましたが、それには大きな疑問が出てきたようです。
教育歴とアルツハイマー病の関係も大きな話題でした。「アルツハイマー病予防のために、若いうちに頭を鍛えましょう!」ということは、以前よりしばしば啓蒙されてきました。しかし、若い頃からよく頭を使ってきた高名な文学者が晩年、アルツハイマー病と闘病したドキュメントを見て、決して頭を使うことでアルツハイマー病を予防しきれるものではないことは、多くの方が身近に経験してきました。今回の結果はそのことを裏付ける結果であったようです。「教育歴は臨床的な痴呆を示す閾値に達する時期を遅らせる生物的能力の1つのマーカーである」という意見(教育して、神経細胞のネットワークを増やした分だけ、脳の細胞が減っても症状が出るまでに多少時間的な猶予がもらえるという考え方)が最も妥当なようです。