認知症の終末期、経管栄養を受けますか?

 

 認知症とリビングウィル!


 以前、「安楽死の議論、日本でも必要」(平成14年5月24日付三重タイムズ・日々想々)というタイトルで、終末期治療選択における日本と欧米との違いに関して、宗教の違いも交えて触れたことがあります。

 今春、厚生労働省は、終末期医療に関する初のガイドライン(指針)を策定しました。患者本人の意思決定を基本に進めることを「最も重要な原則」と明記し、医師の独断を避けるため、意思が分からない場合は「家族と話し合い、患者にとって最善の治療方針をとる」としました。

 アルツハイマー病、パーキンソン病などの疾患では、進行のスピードには個人差がかなりありますが、進行して臥床生活が中心になってくると、嚥下(えんげ)機能などにも影響が出てきます。その時にあなたならどうしますか? 胃に管を通して栄養を維持しますか? この判断はとても迷う選択ですね。本人の意思確認ができないときには、私も、ご家族の意向・意見を伺っていますが、家族間で意見が分かれるケースは多々あります。

 最近、日本国内では、病院に入院している重度認知症患者さんが嚥下困難となってくると、胃瘻を増設するケースが多くなってきました。米国では、認知症終末期には基本的には経管・経静脈栄養を行ないませんが、州によってリビングウィル法(Living Will:生前の意思)の内容が異なるので対応が異なります。経管栄養や輸液は、気道分泌物を増加させ、呼吸困難や浮腫を悪化させるので、その中止・差し控えは倫理的との見解が支配的ですが、賛否両論あるようです。認知症終末期の緩和医療ですが、終末期に至っては本人の同意は得られません。米国のリビングウィル法では施行に本人の同意が必要なので、たとえ元気な時に署名してあってもアルツハイマー病終末期には役に立たないのです(日本医事新報第4281号)。

 終末期が近づいてきたときに、私がご家族にお渡ししている文書の一例を以下にご紹介致します。事前の意思決定の参考になれば幸いです。

 

嚥下障害と経管栄養に関して:

 飲み込むことの障害すなわち嚥下障害は、肺炎の大きな要因となります。肺炎は、高齢者においては、生命に影響が及ぶ危険性も高く、その対策は重要な課題となります。その対策の一つとして、経管栄養(胃ろう:胃に穴を開けて栄養剤を注入する あるいは 経鼻経管栄養:鼻から管を挿入して胃まで入れます。管の挿入時にやや“辛さ”を感じます)という手段があります。欧米では、思想の違いからほとんど行われません。

 欧米と日本の対応の違いには、古代ギリシア人やローマ人の思想も絡んでいるようです。「ただ生きるだけが重要なことでなく、よく生きることがより大切だと考え、この世が苦痛に満ちたものならこの世から去ったほうがましだ」という思想的背景です。しかし、仏教や浄土真宗は、無我を説き、命の私物化を否定しています。自分の命だから自分で決めるという考えは、命の私物化を助長してしまうのではないかという懸念もあり、日本では従来より、経管栄養はよく行われています。

 脳血管障害を繰り返したり、アルツハイマー病が進行したりして食事を食べられなくなった高齢者の平均生存期間を調査した研究があります(東北大老年医学の佐々木英忠教授らの調査)。腕などの細い静脈から低カロリーの点滴を受けた人は2か月でしたが、鼻などからチューブで栄養補給(経管栄養)を受けた人の平均的な生存期間は1年11か月でした。

 日本ではごくあたり前に実施される経管栄養ですが、欧米では口から食べられなくなった高齢者に対して、経管栄養で延命させることはとても少ないのが現状です。それは、思想的背景以外にも、「いたずらに長生きさせて、苦痛を長引かせるのは医療費の適切な使い方とはいえない」という考え方があるからです。

 私は、脳梗塞などが原因で、意識はしっかりしているのに嚥下の能力に障害を生じたようなケースの場合には、経管栄養の施行を積極的に支持しています。しかし、高齢となり老衰などが主因の嚥下障害の場合には、「延命」的な要素が強いため、経管栄養の施行には消極的な立場です(老衰などで自分自身の力で食事摂取できなくなってくれば、その時が天寿ではないかと考えております)。ただ、経管栄養を施行するかどうかを最終的に決定するのは、ご本人(判断が不可能な場合はご家族)ですから、ご家族でよく話し合ってご意向をお聞かせ下さい。 

(平成19年12月7日号 三重タイムズ第1052号・日々想々)

 

ご意見はこちらまで

ホームへ戻る