病気のもとを直接攻めろ!
バピネオズマブ!
記憶が侵され、認知機能が徐々に低下するアルツハイマー病。その根本原因を絶とうという新薬の開発が米国で最終段階に入り、日本でも人を対象とした治験が始まった。現在の治療薬はいわば対症療法薬だが、新薬は病気の原因とされるたんぱく質を直接攻撃する。アルツハイマー病の患者は、国内だけで100万人以上。新薬は病気の進行を止める切り札になるのか。
(東京医療グループ・田村建二、寺崎省子)
この新薬は、アイルランドのエラン社と米国のワイス社が開発中の「バピネオズマブ」という注射薬。東京都の70代の女性は、治験に参加した。動物実験が終わり、人での安全性を最初に試す「第1相」という段階だった。
女性は01年秋にアルツハイマー病と診断され、治療薬アリセプト(塩酸ドネペジル)を飲み続けてきた。食事や着替えに介助が必要な「要介護3」だ。
バピネオズマブの点滴を受けたのは06年秋。治験では偽薬の人もいるので、点滴が新薬だったかどうかはわからない。夫は「妻に効果がなくても、将来の患者のために役立てれば」と話す。
「老人斑」を作るたんぱく質標的
海外では昨年末、薬の有効性を調べる4千人規模の最終治験(第3相)が始まった。結果が良ければ、米食品医薬品局(FDA)などへの承認申請へと進む。
バピネオズマブが画期的なのは「病気のもとを直接たたく」のを狙っている点だ。
アルツハイマー病の患者の脳にはアミロイドβというたんぱく質がたまり、老人斑というシミができる。一般にアミロイドβの量が増えると神経細胞が減り、認知機能が低下する。このため、アミロイドβが何らかの形で脳の神経細胞を壊すことで発病する、という説が有力だ。
ならば、アミロイドβをたたく抗アミロイドβ抗体で症状の進行が抑えられるのでは? そんな仮説から新薬の開発が始まった。
実は、もともとエラン社は、人工合成のアミロイドβをワクチンとして接種する方法を開発し、人での治験まで進めていた。人体の免疫系に抗体をつくらせ、攻撃させようとしたわけだ。
この治験は02年、参加者に脳炎の副作用が相次いで中止された。ところが、治験後に亡くなった患者の脳を解剖したら、老人斑がほとんど消えている場所があった。ワクチンがつくった抗体が取り除いたらしかった。治験じたいは失敗したが、「少なくとも病理学的な効果はあると認められた」と岩坪威・東京大教授はいう。
ワクチンには、意図しない抗体までできてしまったり、余計な免疫反応を起こしてしまったりする弱点があった。そこで、遺伝子工学技術を駆使し、狙った抗体だけをつくる方針に変えた。
こうした抗体薬はがんやリウマチ薬ですでに実用化され、ノウハウの蓄積もある。先行するエラン・ワイス連合に対し、米イーライリリー社など国内外の大手製薬会社も同様の新薬開発を急ぐ。
抗体薬がアミロイドβを除去する仕組みは、まだよくわかっていない。岩坪さんによると、(1)血液中のアミロイドβに抗体がくっついて無力化させ、バランスをとるために脳内のアミロイドβが血液中に移動する(2)抗体を目印に「掃除屋細胞」の活性化ミクログリアが集まり、アミロイドβを食べてしまうーの2説が有力だ。
過剰な期待禁物、まず安全性確保
エーザイによると、アルツハイマー病の患者は国内で推計125万人、米国では同510万人にのぼる。アルツハイマー病を含めた介護が必要な認知症患者数は、増える一方だ。
なのに、日本でいま使える治療薬はアリセプトだけ。これは脳の神経伝達物質が減っていくのを補う薬で、症状の進行はある程度抑えられるものの、神経細胞が死んでいくのは止められない。海外で使われている薬も同様だ。
日本では、脳炎を避けるよう工夫した「飲むワクチン」を国立長寿医療センターの田平武・研究所長らがつくり、マウスやサルで実験を進めている。しかし、これも特許などの問題が絡んで開発に乗り出す製薬会社が現れず、人での治験は実現できていない。
今回の新薬バピネオズマブにしても、完全には証明されていないアミロイドβ原因説に立って開発された薬だから、劇的に効くという保証はない。
「バピネオズマブに過剰な期待は禁物だが、治験が3相に進んだのは心強い。安全に使えるよう、この薬を大切に育てたい」。日本での治験に携わる新井平伊・順天堂大教授は、そう話す。
私の感想
田平先生のワクチン療法だけに期待していましたが、「バピネオズマブ」の臨床試験が海外で第3相に入っているというニュースは、私も全く知りませんでした。良い記事ですね。