心は生きている、痴呆ケアに個性尊重の新潮流

 

 国際会議で日本人として初めて実名を名乗り痴呆の体験を語る!


 かつて何も分からない“恍惚(こうこつ)の人”と考えられてきた痴呆(ちほう)の人に、実は感情も人格もあるということが分かってきた。

 こうした認識の変化を受け、15日から17日まで京都で開催された国際アルツハイマー病協会第20回国際会議では、日本の一歩先を行く最先端のケアとして、本人の声を聞いて個性を大切にするという新潮流が示された。

(生活情報部・斎藤雄介、社会保障部・針原陽子)

 

◆本人が語る

 「物忘れがあっても、いろんなことができる。考えることもできます」。福岡県の越智俊二さん(57)は、国際会議では日本人として初めて実名を名乗り痴呆の体験を語った。 建築関係の仕事をしていた。47歳ごろから物忘れが始まり、仕事場への道で迷ったり、仕事の手順を間違えたりするようになって仕事をやめた。自分が自分でなくなるのではという不安で、心から笑えなくなった。妻は「生活のことは考えんでいいから。私が働きます」と言ってくれた。

 「良い薬ができてこの病気が治ったら働きたい。妻に今までの苦労のお返しをしたい。子供にはお父さんのことは気にしないで、友達と遊んでほしい」

 同じく会議で講演した茨城県の男性患者(73)は「脳は衰えても社会から孤立せず、自分らしく生きていきたい」と決意を述べた。講演した患者は、日本人の2人を含め、英国、オーストラリアなど6人に及んだ。

 

◆早期診断

 この会議で患者本人の発言が注目されるようになったのは2001年大会から。その背景として、言葉や意識がはっきりしている段階で痴呆と早期診断されるケースが増えたこと、薬の開発が進み痴呆の進行を遅らせる治療が一般化したことなどの事情がある。ケアのあり方も見直され、本人の意思を尊重するにはどうすればいいかが焦点となっている。 以前、施設や病院で行われていたのは、集団的なケアだった。何も分からないからと人前でおむつを替え、歩いてけがをする恐れがあれば縛る。本人の声を聞く必要はなかった。

 会議では、兵庫県の高齢者施設・けま喜楽苑(きらくえん)のグループホームで行われている自治会活動が紹介された。生活のルールや催しの内容などを入居者自身で決めている。海外では、患者自身がアルツハイマー病協会の運営に参加する事例が紹介された。

 

◆重度でも

 ケアの変化は、言葉も意識もはっきりしない重度の患者にも及ぶ。英国保健省のハリー・ケイトン部長は「重度でも、何を食べたいか、どの服を着るかを自分で決めることができる」という。

 集団的な「管理」から、一人一人の個性、人生を大切にするケアへ。「病気があっても普通に暮らせる社会になることを望みます」。越智さんの夢が実現する方向へと世界は動いている。

 

◆本人の意思聞いて支援

 国内では、痴呆に対する誤解や偏見が依然根強いが、一方で、世界の流れをにらんだ新しい取り組みも始まっている。

 国際会議を主催した「呆(ぼ)け老人をかかえる家族の会」(京都)は昨年度、痴呆性高齢者30人を対象に、本人の思いを直接聞く国内初の調査を実施。同会のボランティアが、困ったことやこれからしたいことなどを聞き取った。

 それによると、「デイサービスに行きたくない時だってある」「でも行かなきゃいけないと思う」と周囲に気を使っている様子や、「病気が治らないんじゃないかな」など、自分の病状に強い不安や恐れを感じていた。

 周囲の思いこみと本人の気持ちが食い違うケースもあった。ショックを避けるため痴呆を告知しないことが多いが、実際には「物忘れがひどくて不安だったが、告知で原因が分かり安心した」という人もいた。

 同会理事の大橋美幸さんは「本人の思いは聞いてみないと分からない。こうした思いを生かす支援のあり方を、国内でも検討していきたい」と話している。

(以下省略)

(平成16年10月18日 読売ONLINE)

 

私の感想

 今年の『国際アルツハイマー病協会第20回国際会議』には参加できませんでしたが、貴重な報告がなされたようですね。

 「デイサービスに行きたくない時だってある」:特に若年性アルツハイマー病患者さんには、その傾向が顕著ですね。「年寄りが多くて嫌だ」という話をよくされますね。なかなか難しい問題です。

 

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