〔質問〕
点眼薬に対する瞳孔の反応を測ることによるアルツハイマー病の早期診断が行われているようであるが、その具体的な方法と評価について。日本語の参考文献もあれば併せて。
(東京S生)
〔答〕
アルツハイマー病は、広範囲な脳萎縮、大脳皮質の老人斑、神経原線維変化を病理学的特徴とし、痴呆症状を呈する進行性変性疾患であるが、脳血管性痴呆との鐙別は必ずしも容易ではなく、他覚的検査においても特異的なものはない。 Scintoらは、ダウン症候群が低濃度のトロピカミド(アセチルコリン受容体アンタゴニスト)に過敏性があることをヒントに、ダウン症候群と病理学的に類似性のあるアルツハイマー病にこれを試み、正常者では反応しない低濃度のトロピカミドの点眼によって、アルツハイマー病患者では有意に散瞳が認められ、この点眼テストが本症の早期診断法となることを1994年、世界的な科学雑誌である「サイエンス」に発表し、日本でも、アルツハイマー病の診断が簡単に点眼薬で可能であると報道された。
Scintoらは、被検者を半暗室に座らせ、二〜三分後に0.01%トロピカミドを左右いずれかの眼に点眼し、他眼に無菌水をコントロールの目的で点眼した。点眼後、2、8、15、22、29、41、51分の各時間において 瞳孔径をビデオ装置を用いて測定した。点眼テストを行った人たちは、14名のアルツハイマー病患者、4名の非アルツハイマー型痴呆患者、その他40名の老人のうち32名は正常、5名はアルツハイマー病の疑い、3名はその他である。結果として、アルツハイマー病疑いとその他認知異常群は、点眼後29分まで次第に散瞳し、平均20%の散瞳が認められた。
点眼テストの方法をまとめると以下のようになる。
@被検者を静かな半暗室の部屋に座らせる。
A二〜三分の暗順応後に両眼の瞳孔径の横径(a)を計測する。
B0.01%トロピカミド〔日本では、ミドリンM(トロピカミド0.4%)を25倍に希釈したものを用いる〕を一滴、片眼に点眼し、他眼に生食をコントロールの目的で点眼する。
C三○分後に両側の瞳孔径(b)を、Aと同様に測定。
D散瞳率(b−a)/a×100を求め、20%以上なら陽性。
なお、このとき角膜に病気があったり、結膜炎があると、点眼液の眼内への移行が促進され、結果判定に影響を及ぽすので注意を要する。また、眼科疾患により点眼薬(特に緑内障治療薬)を使用している場合やコリン作働性薬などの投薬を受けている者についても考慮する必要がある。
点眼テストの評価について、日本での追試の結呆を述べる。 文献2)では、判定に電子瞳孔計を用いることが条件で、アルツハイマー病の半数とダウン症が散瞳する。ただしこの論文では、ミドリンP(トロピカミド+塩酸フェニレフリン)を使用。文献3)では、やはり電子瞳孔計を用いおり、点眼テストはアルツハイマーやダウン症に特異的ではなく、加齢よる影響と結論付けている。文献4)は、アルッハイマー病の約33%、血管性痴呆の約10%、正常人の約10%に散瞳が認められ、全例ではないが、アルツハイマー病で有意に散瞳と結論している。
以上より、トロピカミドの点眼テストは、アルッハイマー病についてかなりの確率で散瞳するが、散瞳したからアルツハイマー病であると結論するには早いようである。
(文献)
1. Scinto : Science,266 p1051.1994
2. 河野和彦、宮尾 克、石原伸哉 日本老年医学会雑誌、33:829、1996
3. 武井和夫 自律神経、33:164、1996(第48回日本自律神経学会抄録)
4. 辻澤宇彦、大塚紀佳、植松淑子 第33回日本神経眼科学抄録、1995、p48
(北里大医療衛生学部助教授 青木 繁)