アルツハイマー病の分子医学

 予防治療の糸口は!?


 老化とは正常な脳の生理活動の延長上にあり,さらに, その延長上にアルツハイマー病があるということを示唆する.脳内でβアミロイドが蓄積し始め,老人斑を形成し,症状が出始めるまでには,十年以上(おそらく数十年)を要すると考えられるので,たとえ70歳以降に発病するケースでもその起源は40‐60代(あるいはそれ以前!)に遡れるであろう.この意味で,アルツハイマー病は特殊な病気ではない.むしろ,全ての人が潜在的な患者であると考えた方が正しいであろう.その中で,肉体に比べて脳の老化の進行が速い人が,実際に発病する.したがって,臨床的には,脳の老化を20年程度遅れさせることができれば,アルツハイマー病(若年性のものを除く)は克服できたといえるのである. 上述から明らかなように,アルツハイマー病を知ることは,「老い」を知ることに他ならない.

 

今後の研究の展開

 図に,日本における老人性痴呆の年齢層別有病率を示した.数字のかなりの部分はアルツハイマー病に起因すると考えられる.年齢順にみると,70歳代後半からの比率の上昇が著しい.この年齢は,日本人の平均寿命とほぼ一致していることから,痴呆化は脳の寿命と考えることもできる.

 実際に,第3章「3.アポリポ蛋白質E(アポE)の多型」の項で示したように,アポE4を有する場合はもちろんのこと,そうでない場合でも,ある程度の年齢になれば確実にアルツハイマー型痴呆に向かうといえるのである. したがって,脳の寿命が変わらないままに肉体的な寿命が伸びてしまうと,痴呆老人の数が驚異的に増加することになる.(この場合の国家的負担は計り知れない.米国では既に,アルツハイマー病が全体の医療費負担において癌と心臓病に次いで第3位に位置する。逆に,アルツハイマー病の発症を遅らせて,脳の相対的な寿命を数年以上伸ばすことができれば,患者数は一桁以下に減るであろう.アルツハイマー病の発症機構が解明されれば,発病に至るまでの数十年の病理的変化を数年程度遅らせることは,必ずしも困難ではないと思われる.願わくば,数年程度ではなくl0‐20年程遅らせる有効な方法がみいだせるに越したことはないが,いずれにしても発症に関わる病理的カスケードの律速過程を同定することが必須条件で ある.

 

予防・治療の作用点

 アルツハイマー病に至る病理的な変化はl0年以上に渡るので,いくつかの予防治療の作用点が考えられる.今のところ,予防の作用点としては最初期の病変であるβアミロイド沈着を対象とするのが最も有効であろうと考えられる.まず,総合的にみて,脳内においてβアミロイドの産生・蓄積に関わる物質(APP自身・アポEを含む凝集促進因子等)や蓄積の影響を受ける細胞(活性化アストロサイト,マイクログリア)は,ストレス応答,細胞修復,病巣回復といった防御的な機能と関係の深いものが多い.これは,より巨視的な現象のレベルでも虚血や外傷がβアミロイドの産生・蓄積を促進することとも一致する.この傾向は偶然であるかも知れないが,脳に対する広い意味でのストレスがリスクファクターとなると解釈することも可能である.ただし,この“ストレス”を人間のレベルでどのように定量的に解析し,予防に結びつけるのかは難しい問題である.

 また,βアミロイドの凝集・沈着と老人斑形成の間に作用点を考えることもできる.多くの研究者は,初期の段階で菩積したβアミロイドはプロテアーゼや細胞の貪食作用によって除去され得ると考えている.この機構を解明し,促進することは一つのアプローチだと思われる.ただし,貪食能の高い細胞は炎症反応との関わりも深いので注意を要する. 次に,病理的カスケードにおいてβアミロイド蓄積の下流に注目した場合は,βアミロイドの病理的作用をどのように評価するのかが問題になる.もし,炎症反応が本流であれば,抗炎症剤が有効となるであろうが,今のところは,望ましい成績は得られていないようである 

(参考文献:アルツハイマー病の分子医学・中外医学社、西道隆臣&丸山 敬)

 

RESEARCH

 家族性アルツハイマー病の原因遺伝子として,これまでにアミロイドβ蛋白質前駆体,プレセニリン1及ぴ2,アポリポ蛋白質Eの4つの遺伝子が明らかにされている.

 一方,孤発性アルツハイマー病については,アボリボ蛋白質E遺伝子のε4アレルが危険因子であることが明らかにされているが,これ以外にもapoE受容体遺伝子やα1アンチキモトリプシン遺伝子などの発症への関与が示唆されている(遺伝的素因が関与しているにしても、単純な遺伝形式をとらないため、臨床的には弧発例とされている。このことは糖尿病や高血圧といったありふれた疾患にも当てはまることである).また,孤発性アルツハイマー病の病因には遺伝的素因のみならず環境因子の関与も疑われ,病態解明に向けて多因子性疾患としてのアプローチが必要である.

(遺伝子医学 Vol.1 No.1 1997 京都大学化学研究所 田中静吾&上田國寛)

 

追伸

 脳内の炎症を抑える抗炎症薬の試みとしては、インドメタシン以降では、プレドニゾロン(10J/日)の予防効果を調べる大規模臨床試験が進行中である(日経メディカル 1997 10月号 P148:アルツハイマー病治療薬最前線)。

 

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