ADの病態生理:アミロイド前駆体蛋白(amyloid precursor protein,APP)からのAβ産生→異常凝集(アミロイド線維形成)→神経毒性発現
ApoEはそのアイソフォームに関係なく用量依存性にAβ重合,線維化を抑制する!
高コレステロール食を与えられた家兎の脳内にAβアミロイドの沈着を示唆する免疫組織学的所見が確認されている
アルツハイマー病(以下AD)は脳の老化を背景に発症し,罹患脳においては老人斑や神経原線維変化といった特徴的な病理所見が部位選択的に認められ,記憶障害を中心とした臨床症状を呈する。ADの病態生理の全体は依然不明であるが,アミロイドβ蛋白(Aβ)の産生および脳内異常蓄積が疾患成立の中心にあると理解される。このAβ蓄積とコレステロール代謝との関連を示唆する研究報告が最近にわかに集積されている。また,コレステロール代謝に深く関わるアポリポ蛋白E(ApoE)の遺伝型の一つε4(表現型はE4)がAD発症の最大の危険因子であることが明らかとなり,AD発症との関連でコレステロール代謝がさらに注目を集めるに至った。本稿においては,はじめにADの病態生理に関する現時点での理解を概説し,次にコレステロール代謝を中枢神経系における特殊性にも触れながら紹介するとともに,Aβ代謝に及ぽすApoEおよびコレステロールの役割を議論する。
ADの病態生理
ADは原因論的には多様な疾患であるが,その病態の中心にはアミロイド前駆体蛋白(amyloid precursor protein,APP)からのAβ産生→異常凝集(アミロイド線維形成)→神経毒性発現という,いわゆるアミロイド・カスケードが想定されている。したがって,前述のApoE4をはじめ他の家族性アルツハイマー病で明らかにされたAD発症の遺伝要因,さらには孤発性ADに複雑に関わっているであろう様々な環境要因は,このアミロイド・カスケードを促進させる方向に作用するものと理解される。コレステロール代謝のAD発症における意味は現在のところ不明であるが,今後このアミロイド・カスケードとの関連で議論を進めることがこの問題解決への一つのアプローチであると思われる。
ADとコレステロール
(2)AD発症危険因子としてのApoEの役割
ApoEはApoA-Iとならび中枢神経系における脂質代謝,とりわけコレステロール輸送(再分配)に中心的役割を果たすアポリポ蛋白である。1993年,晩発性の家族性ADの原因遺伝子を迫及していた米国Duke大学の研究グルーブは,この蛋白をコードする遺伝子の多型(polymorphism)とAD発症との間に強い相関のあることを報告し,にわかにApoEはAD発症病態との関連で注目を集めるに至った。
<アポリポ蛋白E:AD発症における役割>
AD発症におけるApoE4の分子レベルでの役割に関して,これまで提唱された仮説は以下の通りである。すなわち,細胞外においては前述のDuke大学の研究グループは当初ApoE4はAβと強い親和性をもち,このペプチドの重合およびアミロイド線維化を促進すると主張した。しかし,ApoEの精製法によってはApoE3のほうがApoE4よりも強くAβと結合することが明らかとなり,ApoEとAβとの結合はAβの重合をむしろ抑制する因子であるとする考え方が一般的になっている。最近,ApoEとAβとの分子間結合に関しては詳細な反応速度論的解析が行われ,ApoEはそのアイソフォームに関係なく用量依存性にAβ重合,線維化を抑制することが最近確認されている。Aβとの結合の問題以外では,ApoEの抗酸化作用が検討され,その効果はアイソフォームにより異なりAD発症の危険因子となるApoE4で最も弱く,逆にAD発症に対して抑制的に働く可能性が指摘されているApoE2で最も強いという興味深い結果が報告されている、
(5)高脂血症,虚血性心疾患とAβ沈着
AD発症には生活習慣などの環境要因も関わるとされる。先ごろ開催された日本痴呆学会では,臨床疫学的研究から動物性脂肪を好んで摂取することがAD発症の危険因子となり,逆に魚食は発症抑制因子として働く可能性があるとの発表がなされた。これらの問題に対する結論は多施設における慎重な疫学調査の結果を待たなければならないが,これに関連した興味深い事実として,高コレステロール食を与えられた家兎の脳内にAβアミロイドの沈着を示唆する免疫組織学的所見が確認されている。また興味深いことに,高脂血症の家兎脳内においてミクログリア細胞の活性化も確認されている。ミクログリアはAD病変形成の過程で重要な役割を果たしていることが認められており,全身のコレステロール代謝と中枢神経系内の炎症性細胞の活性化との関連を示唆する事実と考えられる。また,ヒトのAPP遺伝子を導入したトランスジェニック・マウスを高コレステロール食で飼育したのち,脳内の可溶性APPやAβを測定した結果,これらのAPP由来の分泌性の分解産物は軒並み減少したという報告もある。前述のごとく,細胞内のコレステロールとAβ分泌量との逆相関が報告されており,単純に生体内のコレステロールの多寡とAβ産生量あるいは分泌量を関連づけることはできないが,以上のようにAPP代謝あるいはAβ分泌/沈着とコレステロール摂取の関連を示唆するデータが散見されることには何らかの意味があると思われる。臨床的にも虚血性心疾患の患者剖検脳において早期の老人斑ともいえるAβの沈着が確認されている。
(国立中部病院長寿医療研究センター痴呆疾患研究部 柳澤勝彦)
「ApoEの抗酸化作用はアイソフォームにより異なり、AD発症の危険因子となるApoE4で最も弱く,逆にAD発症に対して抑制的に働く可能性が指摘されているApoE2で最も強い」の部分は新しい知見ですね。ApoEとアルツハイマー病の関係に新たなる論争を巻き起こしそうですね。
「高脂血症の家兎脳内においてミクログリア細胞の活性化も確認されている。ミクログリアはAD病変形成の過程で重要な役割を果たしていることが認められており,全身のコレステロール代謝と中枢神経系内の炎症性細胞の活性化との関連を示唆する事実と考えられる」の部分も、ミクログリア研究家にとっては大きな注目の的でしょうね。