PETによる脳内アセチルコリンエステラーゼ活性測定
アルツハイマー病患者では、脳内の中枢性コリン作動性神経の変性が認められます。コリン作動性神経では、アセチルコリン(Ach)が神経伝達物質として働いています。神経接合部の細胞膜上には放出されたアセチルコリンを速やかに分解するためにアセチルコリンエステラーゼ(AchE)が高濃度に存在し、神経伝達をすばやく切る役目を担っています。アルツハイマー病患者の脳の皮質や海馬ではAchE活性が大きく低下していることから、その部分の活性を測定すれば診断ができるのです。
PETは放射性物質を体内に取り込ませ、その分布・動態を体外から測定します。取り込まれた物質は代謝を受けて、その分布・動態に変化をきたしますが、その情報を解析すれば身体の機能を測定することができます(代討変換型トレーサー)。PETは陽電子が消滅する際に放出される放射線を測定するため非常に分解能がよく、これらの情報を正確に取り出せるのです。
私たちはAchの脂溶性類似物質に放射性核種(炭素同位体11C)を組み込んだトレーサーをつくり、脳内でのAchE活性を測定することに成功しました。Ach類似物質は静脈から投与しますが、血液脳関門を自由に通過できる特徴をもっています。脳以外に存在するAchEによりAch類似物質は代謝を受けますが、その代謝物は血液脳関門を通過する ことはできません。また、脳内に取り込まれたAch類似物質は、血液脳関門を通過して再び脳外に出ることは可能ですが、脳内で代謝を受けた物質は血液脳関門を通過できないため脳内にとどまるという性質をもっています。AchEの活性が高ければ、脳内に多くのトレーサーが残るということになります。図2に示すように、Ach類似物質が脳内に入る比率をKl、脳内から出る比率をk2、脳内でAchEで代謝される比率をk3として、数学的モデル解析を行います。
動脈採血した血液を分析して得られる測定値と脳内の放射能をPETで測定した結果を解析式に当てはめると、Kl、k2およびk3が導き出され、AchE活性が算出されます。
この方法で測定した健常者とアルツハイマー病患者の大脳皮質AchE活性を比較してみると、明らかにアルツハイマー病患者ではAchE活性低下が認められます。痴呆の判定はmini mental stateにより行い、他の疾患を除外診断して、アルツハイマー病と診断しました。その後の経過観察ではAchE活性が低下していた患者さんは痴呆が進行しています。PETにより導き出されたAchE活性値は死後脳における報告値ともよく一致しています。
新しい治療薬の開発のために
使用している核種llCは、サイクロトロンにより製造されるため、利用施設が限られます。また、その半滅期は20分と非常に短いため、きわめて迅速に測定や分析作業などを行わなくてはなりません。現在、私たちは5人のチームでl人の患者さんの検査にあたっています。大がかりな検査となりますので、患者さんや家族の方の了解を得ることはもちろん、研究所の倫理委買会にも諮り憤重に進めています。11Cでなく123Iによるトレーサーが利用できるようになれば、多くの施設で検査が行えるようになるでしょう。また、AchEは体内のあらゆるところに存在するため、血中のAch類似物質の濃度を測定するためには動脈採血しなくてはなりませんが、他の測定方法が開発されれば検査にかかる負担も軽滅されます。
現在は有効な治療手段がありませんが、早期の確定診断ができれば痴呆化をもっと遅らせることもできるかもしれません。米国ではアルツハイマー病治療薬としてAchE阻害薬の治験が行われております。この薬はAchEを阻害して神経細胞間のAch濃度を高めて神経伝連を改善させる目的で使われます。薬の効果判定に、症状の観察だけでなくPETによる検査を用いれば薬が実際にどの程度AchE活性を低下させたかを直接的に知ることができ、症状の改善と薬効とを科学的に判定することが可能になります。将来はこのように新しい治療薬開発の大きな一助となっていくでしょう。
何よりも治療効果を客観的に判断できるという点が魅力ですね。